黒子のバスケ

キミハダレノモノ…?


その日は、嵐のような静けさを誇り、そして、慟哭のような雨が降り注いでいた。
教室の窓から見上げた暗雲の立ち込めるその雲に、少々の恐怖を抱きながらわたしは教室で誰かの訪れを待っていた。
誰か、とは、誰か、なのだ。特定されているようで、わたしはそれを望んではいない。
祈りはささやかなるもので、胸の前で組んだ指先は、微かに震えていた。

すると、廊下からカツン、と靴音が聴こえた。いや、足音だろう。その音がどんどん近づいてくる。それはまるで、鎮魂歌のように、わたしはどうしようもない恐怖に見舞われ、歯をカチカチと鳴らしながらドアへ振り返り、縮こまった。気がつかなければ、見逃せば、わたしは助かる。そんな淡い期待を抱きつつ、その音がわたしの視線の先で止まる。

ドアは静かに開閉され、恐怖にまみれたわたしは視線を閉ざす事も出来ずに、その足元だけを見つめ続けた。
その音は容赦なく、響かせてその音を強調する。音がやがて、ある指定の場所まで来れば止まるのが当然のように止んだ。衣の擦れる音、何かがくしゃくしゃと音をたてて、熱い吐息が降りかかる。サラリ、と髪が流れ落ちて、独特の香りが鼻先をかすめる。

ああ、セカイはどこまでも………ザンコクダネ。

瞳を見開いて涙が零れ落ちる。止めどなく流れては、スカートを濡らした。
安心したんじゃない。これは、恐怖だ。言い逃れられない、この悪魔からは――。



「ここに居たんスね。なまえっち」
「――っ」



決して開閉されることのない唇に、彼は苛立ちを笑顔で隠した。そして、そっとわたしの頬に指先をくっつけて、擦りよるように掌全体でわたしの顔を覆った。
流れる涙を拭いながら、強引に擦り続ける。白い肌はすぐに赤く色づき始める。



「オレに会えて、そんなに嬉しかったんスか?もう、ほんと、どこまでもかわいいんだから」
「ッ!」



顔を更に上へ向けさせられ、首が悲鳴を上げる。苦痛に歪むわたしの状況などお構いなしに、彼は愛を囁くのだ。親指が唇に触れる。それだけで、身体は慄いた。カタカタと震える中、その指が容赦なく口内へと差し込み、無理矢理口を開かせてから自身の唇を押し付けた。その隙間を開けた口内へ遠慮も無しに差しこまれた指と舌が、わたしの呼吸器官を奪う。



「んんっ――!!」
「ん、このままさ、息、止めたら、俺のモノに、なるよね?」
「んっ、ふぅ、んん!」
「一生、俺、だけの、モノ…んっ、誰の、モノにもならない。俺だけの……」



口呼吸が出来ない。鼻呼吸が出来ない。このままこの、黄瀬(男)に殺されてしまうの?

そんな事が脳裏によぎった時、殺してくれ、と思ってしまった。なんの躊躇いもなしに、わたしは、死を選んだ。そしたら、涙はまた流れて来て、視界が虚ろになっていく。
だけど、彼は、わたしの死への悟りを簡単に打ち砕いた。



「ダメだよ、なまえ」
「はぁ、はぁ」



突然、酸素が送り込まれて身体は素直に補給した。全力疾走したときのように、心臓が痛い。胚が、痛い。必死に生を望む身体の好きにさせていると、黄瀬はわたしの生理的な涙をあの指で拭った。触れるか触れないかの強弱で……。



「君が望むモノをなんでもあたえてあげたいけど、でも。それだけは絶対にあげないよ?」



顔を上げる。彼を見上げる。綺麗な笑みを浮かべて、彼は冷酷だ。



「だって、俺が君をシアワセにできないでしょ?」
「っ!」



涙の痕にキスを贈る。そのリップ音がやけに冷たかった。



「俺を置いてとおくに行くなんて、絶対に許さない。君は、俺の傍でただ、俺のためだけに、俺を癒すためだけに、存在していればいいんだ」



宙に舞う、制服のリボンがとても儚く見えてしまった。首筋に噛みつくようにむさぼる黄瀬をわたしは、色を失った自身の視界が捉えながら、絶望を味わう。


ああ、王子様は理不尽だ―――。


本当に助けて欲しい時に、助けてくれないのね。


(黄瀬。なまえの事知らないか?)
(青峰っちが知らないならオレが知るわけないじゃないっスか。相思相愛なんでしょ?)
(ああ、そっか。さつきから無断欠席が続いてるって聞くし、携帯に連絡いれても繋がんねぇし…なまえ)
(そうなんスか?なにかわかったら青峰っちに真っ先に伝えるっスよ。だから落ち込まないでよ)
(ああ、悪いな黄瀬)

2012.08.22

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