黒子のバスケ

願った言葉は、飲み込まれた。



「 一緒に、ダブルデートしませんか? 」



黄瀬涼太の他校の彼女に、そう言われた喫茶店。涙ながらに不安を私に語ったこの子は黄瀬涼太の彼女として実に、被害者だった。それでも、黄瀬くんが好きで付き合っている気弱な彼女のこんな言葉を聞いてしまえば、私は口を滑らせてしまう。



「 涼太くんとは、本当にただの友達なんですか? 」
「 ……そうだよ。それに私、彼氏いるから…安心して? 」



嬉しそうに心の底から安堵したその表情に、なんだか胸に湧きおこった、無力感に目を背けて約束を取り付けてその日は帰った。
すっかり忘れてたな、デートの事。


薄ぼんやりとする思考の中、欠伸をかきながら遊園地のゲート傍で黄瀬くんの彼女と二人で待ちぼうけしていた。
動きやすい短パンな私の服装に比べて、流石女の子代表。スカートとか似合ってるな。感心しながら携帯を弄っていると彼女は私に振り返り。



「涼太くんもうすぐ来るそうです」
「そうなの。多分合流してくるんじゃないかな」
「先にチケット買っちゃいますか?」
「そうだね」



二人で四人分のチケットを購入していると、黄瀬くんとその数歩後ろにどこか緊張した面持ちの、今日のパートナーがいた。
黄瀬くんの登場に、彼女は嬉しそうに近づきチケットを渡している。だが、黄瀬くんは私の存在に驚いていた。「 なんで? 」と疑問を口に出しそうな程。分かりやすい表情をしていた。そんな黄瀬くんから視線を逸らす様に、私は目の前の彼を見つめた。



「朝から誘ってすみません、笠松先輩」
「こういうことなら先に言え」



チケットを手渡す頭をポン、と叩かれた。部活の先輩を誘ってしまった罪悪感は結構半端ない。しかも女子慣れしてない笠松先輩を……。本当は森山先輩でもよかったんだけど、あの人は妙に女の子慣れしてるから、なんか、生理的にヤダ。
それに、気持ちを知っている人なら過ごしやすいと思った、精神的に。



「んじゃ、入るか」



笠松先輩の号令により、私たちはゲートをくぐった。矢印が様々に向いた四角関係の始まりだ。
「 ファンシーに変身しましょう! 」と、彼女の提案で私たちは、何故かしっぽとか猫耳とか売っている売店に入った。自然と黄瀬くんと彼女が二人で反対方向へ行けば、私たちも自然と二人とは逆の方向へ歩き出した。



「笠松先輩は絶対、ぷーさんです」
「なんで俺がいつもはちみつばっか食ってる能天気野郎なんだよ!」
「はいはい。つけましょう、先輩。後輩のおごりです。お姉さんこれください」
「おい!勝手に買うなぁ…「はい、かしこまりました〜」



ノリの良い店員のお姉さんが私の手の中にあったぷーさんの耳を丁寧にタグを外して手渡してくれた。それを受け取り先輩の元へ戻って来ると先輩の手の中にも怪しげな袋があった。



「……なに買ったんですか?」
「お前も道ずれに決まってんだろ」
「まさか……!!ダンボ」
「ダンボに謝れ、馬鹿野郎」



先輩のチョップを頭に追撃され、抑えながら二人で鏡の前までやってきた。



「じゃあ、先輩。しゃがんでください。つけてあげます」
「悪いな、俺はつけたことねぇからさっぱりわからん」



しゃがんだ先輩の短い髪に触れながら器用にぷーさんの耳を付けていくと、結構似合っていた、鏡の中の先輩。



「ぶぶっ、似合ってますね」
「死に急ぎたいのか、なまえ」
「滅相もございません」
「お前はこれでもつけてろ」



今度は、というばかりに先輩は袋ごと私に差し出した。それを受け取り恐る恐る袋の中に手を入れると、ふさふさとした感触がして(いや、皆ふさふさしてるか)一気に袋の中から出すとそれは、二色の色でツンっと立っていた耳。



「……先輩ってネコ耳派なんですね」
「人を変態呼ばわりすんな。お前がネコ好きだって言ってたろ」
「……そうでしたっけ?」
「そうだ!いいから付けろ!!」
「はい」



アリスの世界に出て来るチェシャ猫の耳をつけると、先輩はくすぐったそうに笑った。



「涼太くん?どうしたの?」
「いや……なんもないっスよ」



会計を済ませていた黄瀬くんたちは、ドア付近でそんな私と先輩を見つめていた。堅い拳で作った強靭なその掌を、ぶら下げて。



「うわ、黄瀬似合ってるな」
「最初の言葉はなんなんスか?!絶対馬鹿にしてるでしょ!」
「トイストーリーのアレか」
「はい。涼太くんは触角です」
「あなたはウサギなのね」
「はい。なまえちゃんと同じアリスの白ウサギさんです」



彼女に腕を組まれて嬉しそうに話すこの子に、合わせて乗り物に並んでいた。最初は絶叫系だとか言って、黄瀬くんがどうしても譲らなかったスプラッシュマウンテン。最後尾に四人並んで入り、乗り物はお姉さんの笑顔によって進んだ。
水に凄く濡れるけど、夏の暑さに任せてもいいかということで皆かっぱも着ずに乗車して、最初から飛ばしていた。
最初の落下に、思わず胃が浮く。隣に座っている笠松先輩の腕に絡みつき、安全バーにしがみ付いた。



「お、おまえなっ。そんな…しがみ、つくなって!!」
「浮くから仕方ないじゃないですか!私が跳んでってもいいんですか?!」
「俺の心臓の方が飛んでくわ!」



身長が通常より低いため、最後尾とのこともあり尻が浮く浮く。座席から浮くたびに喉から「 ひぃ! 」という悲鳴を溢して外へ出る。隣からはまっさかさまに落ちている現場を目撃して、朝食の物をリバースしたらどうしようと口を真一文字に結んだ。黄瀬くんと彼女は手を振りながら再び洞窟の中へ入って行き、下ったり、昇ったりを繰り返して、転落へと近づいて行く。心臓が最高潮に達しそうて必死に笠松先輩の腕を掴んで居た。

そして、最後の滝つぼ。落ちる瞬間。私の右隣に座っていた黄瀬くんの手が安全バーを握っていた私の手に重なり強く指と指を絡められてしまう。
驚いて黄瀬くんの方へ向くと黄瀬くんは、微笑んで何かを告げた。その瞬間、まっさかさまに落ちて、水しぶきがあがる。

きゃー、という悲鳴を上げて楽しそうにはしゃぐ彼女が先に降りるとそれつられて黄瀬くんも何気ない顔して彼女と笑顔で会話を交わす。私が降りるのに手間取っていると笠松先輩が私の鞄を持ってくれてそのまま腕を組んだ状態で写真の閲覧へと向かった。

そこには、笑顔の彼女と叫んでいる笠松先輩とずっとこちらへ視線を向けている黄瀬くんと真ん中で頬染めている私がいた。
水しぶきで隠れてはいるが、目を凝らせば手を繋いでいることがわかってしまう。俯いてその衝撃的な写真から眼を逸らした。



「涼太くんどこ見てるの?」
「カメラあっちだと思ってたんスよ」
「もう。でも記念にわたし買ってくるね」
「俺も一緒に行くっスよ」



二人が離れると私の様子とその写真の意味に気がついている笠松先輩が無言でわたしの手と繋いだ。



「はあ。あの馬鹿は」
「……すみません。先輩。こんな茶番に付き合わせしまいまして」
「お前が謝ることじゃない。全部、あいつが悪い」



水の所為にして涙を流すわたしを先輩はただ、黙って歩きだした。




2012.07.31

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