黒子のバスケ

日常の見えない部分。



七月七日。
今日は世に言う七夕だ。織姫と彦星が晴れた日の夜。天の川を渡って会える年に一度の再会の日。
だが、七月七日は晴れる日が少ない最も雨が降る確率が高い日でもある。
そんな日本の情緒を切なくなる想いで、どんより雲の空を眺めた。今日は、土曜日。生憎の練習試合。周囲の歓声(主に、女の子)が響き渡る中。ドリブルをしながら一定のリズムを刻んでいた。



「晴れないかなー」
「なにやってんだ、黄瀬。もうすぐ出番だぞ」
「わかってるっス」



上の空の如く。笠松先輩の声を聞いていた。今日は、レギュラー陣は後半から出るしくみ。今は、補欠組の人達が試合を展開している。ベンチに置いた携帯が光とボールを放ってまで携帯に手を伸ばし、中身を確認する。文面を読むと思わずガッツポーズ。鼻歌交じりに携帯を丁寧にしまって、放ってしまったボールを受け取り平謝りしながら、曇り空を見上げた。

そんな、俺を怪訝そうに眺めている笠松先輩は、溜息を溢した。



「なんか、黄瀬。しまりのない顔してるな」
「ああ。どうせ、アレ関係だろ」
「笠松はそういうの奥手だからな」
「お前に関係ねぇだろ」
「でも、俺。黄瀬の女関係知らないな」
「あいつは何気に嫉妬深いからな。彼女も苦労してるだろうさ」
「と、いうことは。笠松は知ってるってことか。どんな子?」
「お前に言う訳ねぇだろ、ボケ」
「ええー」



俺の後ろで先輩たちが彼女の噂をしている。そういうのは本人がいないところで話して欲しいものだ。くるりと振り返る。



「ちょっと、先輩ら。彼女の事は余所で話してくださいよ。そういうのファンの子にバレたらどうするんっスか!」
「べた惚れだね」
「だろ?」
「ちょっと!聞いてるんっスか!?」
「ほれ、お前等出番だぞ」



監督の一声で俺達はティシャツを脱いでユニフォーム姿になる。後半戦。今日も、快調で始まる試合の中。俺はやっぱり彼女を思った。
更衣室でシャワー浴びて、速攻で私服に着替えている最中でさえ、身だしなみを整えることは忘れない。やっぱり汗臭いとか思われたくないし。清涼剤を吹きかけている間も、先輩等は余計な詮索を入れてこようとする。
だが、しかーし!そんな事。今はどうでもいい。彼女を待たせているのだから、早く帰りたい。



「道理でいつもより大きい訳だ、鞄」
「これから会うのバレバレじゃん」



後を着けようかとさえ、言っているが、最早どうでもいい。時計を確認すると慌てた。「 やばい 」と一声上げて、鞄に荷物を強引に詰め込み急いでドアへ向かって早口に。



「おつかれしった!」



とだけ言って、背中でドアを閉めた。駆け足で廊下を駆け抜け、校門までの長い道のりを恨みながら門を出て、交差点を抜けて、住宅街の裏道を走り抜けた、先の公園のブランコの所に、彼女がいた。息切れをしながらも、首元を緩めて、呼吸を整える。
家で待ってて欲しいと言っても、きっと彼女はここで待ってるだろうと思った。

小学生向けのブランコをゆらゆら揺らしながら、彼女は薄暗闇の彼方を見つめた。雨でも降りそうなあの雨雲を眺めている彼女の横顔に見惚れながらも、咳払いをして彼女の傍に立ち並ぶ。



「お待たせっス、なまえ」
「おつかれさま」



こちらに気がついて顔をあげた、彼女の屈託のない微笑みに疲れが癒される思いだった。



「んじゃ、行こうか!」
「うん」



手を差しだすとそれに手を重ねて、立ち上がり、二人で歩き始めた。
小高い丘に辿り着くと、やっぱり雨が降って来た。大きな大木の下で雨宿りしながら、二人で夜空を見上げる。
鼻の頭にあたる雨粒を疎ましげに見つめながらなまえの方へ視線を移せば、彼女は雨粒さえ気にしないかのように、夜空を見つめていた。何を思っているのだろうか。彼女の思考回路を覗けないのは、非常に残念だと思う。



「なに思ってるんスか?」
「ん?今年も雨で終わっちゃうのかなって」
「そういえば、去年も雨だったね」
「うん。晴れる日の方が少ないって言われてるからね。でも一年に一回しか会えないんだから、会えるといいなってやっぱり思うよ」



彼女は意外にロマンチストだ。リアリストかと思うけど、やっぱりどこか夢見がちで、そこもかわいい。とても残念そうな表情をする彼女の横顔を見つめながら、一年に一回しか会えない彦星を想ったら、何だか鼻の奥がツンとしてくる。

毎日、なまえに会える日々がとてもかけがえのないものに思えて来た。

何気なく喧嘩とかしたり、映画を見て二人で泣いたり、帰り道で手を繋いだり、笑い合ったり。そういうことをひっくるめると、全部君が傍にいてくれたから、起きた出来事であって。もし居なかったら?会えなくなったら?そう思うともう、考えられない。君のいない日常なんてありえない。無意識に嫌だと身体でさえも反応する。

だから、気軽に君に会えるこの日常を手放したくないと思えて来た。

手を繋いだ先に、ぬくもりを感じる君の手を引っ張って、抱きしめた。俺の腕の中に閉じ込めて、君の存在を確かめる。
突然の事で、パニックになっている彼女だろうけど、俺の鼻をすする音を聞いて、小さく笑った。



「どうしたの?」
「うん、君の事考えたんス」
「それで?」
「やっぱり俺は、君が好きだなって」



そう言うと、涙が頬を伝って彼女の肩に落ちる。その冷たさに彼女はくすくす笑ってから俺の背中をあやす様にリズムを刻んでくる。



「うん、わたしも黄瀬くんが好きだなって考えてた」
「うん、嬉しいっス」
「わたしも嬉しい」



少しだけ離れると、二人して涙を溜めていたから、笑って額をくっつけあった。同じ事考えてたね、そう言って笑いながら彼女の涙を拭ってあげた。気がつくと、夜空には、満天の星空が晴れた事を祝杯しているかのように、輝いていた。
そして、天の川が流れ、アルタイルとベガの星が一際輝きを放ち。二人の再会の逢瀬に、俺達は顔を見合わせて再び笑いあった。


(君に会えて、よかった)

2012.07.14

ALICE+