弱虫ペダル


「朝よ」



母の声が遠くに聞こえる所為か、思考回路はぼんやりと目を覚ます。瞳をゆっくりと開けてわたしは寝た気がしない身体を引きずってリビングへと降りた。ご飯を食べて、歯を磨いて、髪を整えて、学校へいく。
片道40分もかけて登校した学校は、今日も眠たいわたしには勝てない。



「………開始早々寝てるし」



友人の小声を浅い眠りながらも聞く。机の上で眠るわたしに友人は呆れながらも黒板を見つめる。後ろの角の席は、わたしの身長のおかげか、より視覚になっており目立つこともないため寝るのには最適だった。
何時間寝ても、気づかれないのと同時に、自分の身体の異変に気がつく。



「寝不足?」
「寝ても寝ても…寝足りない」
「それって寝てるのか?」



昼休み、食後の睡眠をしようと眠る体制のわたしに友人は少し心配したように尋ねてきた。



「寝てると思うけど…」
「ふん」



友人の鼻息が耳に届く。くすりと笑いながら瞼を閉じてわたしは不安に蓋をする。
最近、夢を見る。それはとても残酷な夢でね?声が聞こえなくなる夢なんだ。あに人がなにを言っているのかもわからなくて必死に声を出すんだけど、あの人は隣にいる女の子に引っ張られてどこかへ消えてしまうの。まるで、初めからわたしの存在など記憶にとどめておく程の価値などないかのように。
無視されるのって、とても酷いことだと感じた。それで……目を覚まして泣いた。でも瞳を閉じるといつも見るのだ。その夢を。何度も、何度も…まるでそれが本当のことになりそうで、嫌になって…結局寝れてない。身体は休まっているけど、わたしの心は疲弊していた。


中庭の差し込む光から遠ざかるように、木陰の下で芝生の上で眠るわたしの隣には友人が手を伸ばしてわたしの髪を梳く。
それが気持ちよくて、安心して、わたしはいつの間にか眠ってしまっていた。
学校は人の騒がしい生活音で溢れているため、わたしは安心した。夜じゃない。昼。それだけでわたしは安心して少しは眠ることができる。

夢など見ない。夢など見たくない。あんな夢ならいらない。



「ん……」



風が吹いたからなのか、わたしの睫毛を揺らすから起きてしまった。わたしの髪を梳く手があるのを感じながら二三度瞬きをして彼女に尋ねるように声をかけた。



「今、なんじ?」
「14時くらいだな」
「うわ…寝すぎ……た‥…?」



声が喉太い?それに、この声って……!!
がばっと起き上がろうとしたわたしの頭を、髪を梳いていた手が阻止するかのように押さえつけられてしまう。押さえつけられた頬に感じたのは、芝生の感触じゃなくて。硬い筋肉のような人肌だった。



「福富くん。なにしてんの」
「お前の友人に頼まれた」
「あんにゃろ」



拳を握って歯をキリキリと鳴らした。
よりにもよって一番知られたくない人に知られるなんて……羞恥心やらなにやらで気持ちがあべこべだ。



「ちょっと。起きたいんですけど?」
「駄目だ」
「なぜ?!」



難しい注文をしているわけじゃないのに、福富くんは拒否をする。
いつまでも男の人の膝の上に寝てなんていたくない。寝顔とか見られたくないし、それに………。
押さえつける手を叩きながら抵抗するわたしに、福富くんは頑なにそれを交わした。



「もうっ!こんな状態で寝れるわけないでッ「寝ていろ」
「今のお前には休息が必要だ」
「……じゃあ、教室に戻って勉強して。わたしは保健室で寝るから」
「断る」
「なぜっ??!」



頑固だ、この人。めちゃくちゃ頑固だ!!
妥協案を出したというのに彼はそれを断る。更なる重圧がわたしの頭にかかった。
一体なにがしたいんだこの人。
悩みながらぶつぶつ呟いていると福富くんの吐く息が聞こえた。



「みょうじを心配しては駄目なのか?」
「えっ?」
「俺はお前の彼氏なのだろう?ならお前を心配するのは当然のことじゃないのか」
「……しん、ぱい?」
「青白い顔をして、目の下の隈も広がってきていることを俺が知らないとでも思ったのか?」
「……ごめん」
「寝れないなら寝るまで傍にいることしか出来ないが…いいか?」
「それでいいよ」



下から盗み見た彼の少し照れくさそうだった表情を見つめたら、わたしは単純だから嬉しくなって彼の膝の上を転がった。
嬉しそうに微笑むとわたしの髪を再び優しい手つきで撫でてくれるから、わたしは自然と瞳を瞑った。

静かな午後の時間。授業をすっぽかしてまで心配して傍にいてくれた彼の優しさにわたしは深い眠りへと誘われた。


もう、あの夢は見ない。


20140309

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