黒子のバスケ
誰にだって、裏がある。
聖人君子ですら、三大欲求には敵わない。
欲も、それなりというわけなんだろうさ。
目の前に座る彼女の後姿を眺めながら、片肘を立てて、この妙に無駄な時間に合わせてみる。
肩を滑り落ちる彼女の黒髪が艶やかで、思わず触りたい衝動にかられる、が。それと同時に掴みたくなる、加虐心に疼く。欲を止めるのは難しい。
愛で人を幸せにできるのなら、拘束も、束縛も、また、愛なのであろうか。独占欲も、彼女への異常な愛さえも、それは、彼女の幸せに直結している事柄なのだろうか。
まあ、俺は確実に幸せになれる近道だろうけどな。
まるで、他人事の心情。小五月蠅い教師の朗弁にシャーペンを回した。
「俺、思った訳よ。彼女と二人きりの世界に生まれ変わりたいって」
「……」
「真ちゃん、感想は?」
「死ね、高尾」
「うわー。ナイス、ストレート」
休憩中にドリンクを飲みながら真ちゃんに俺の思考の一部を伝えたら。やっぱり馬鹿にしたよ。予想通りだったから、笑ったけど。若干へこんでる。やっぱ、思想は否定されたくないよねー。
「お前は頭はいいが、賢くはないのだな」
「軽く莫迦にしてる?」
「世界にたったふたりになって、果たして、あいつは、喜ぶのか?」
「……、真ちゃん。恰も総て、お見通しのその千里眼宣告、やめてくんない」
「妥当な解答だと思うがな」
「ああー、論理学化学方程式な面白みのない解答なんて、思想論には不釣り合いだぜ」
「愚問だ。初めから答えが決まっている事柄に答えた時間の方が勿体ないのだよ」
「うわ、出た、理数系」
「お前も理数系だろう」
真ちゃんは、ほんとっ、真面目で型物だ。でも、底を知ってる。俺と言う底を。然るべき、彼女の本音も。まあ、良き理解者だとは思う。だけど、思考は思想は、俺の想いという見え隠れしながらも変化を遂げているこの想いだけは、見破れない。
いや、きっと彼女でさえも知らない、底の底。瓶底には、まだ見えない底があるように……。
「高尾」
名前を呼ばれれば、まるでそれが当たり前のように、俺は笑った。
「おかえり、なまえ」
「なんで、おかえりなのさ?」
「俺の所に戻って来たって意味」
「ふん。…なら、ただいま」
そうやって、ふんわり笑うんだ。彼女は聖人君子だ。欲などないのだろうな。人間の汚れを知らない、人形のような人。俺の愛しい彼女。
「高尾、」
「ん?」
小首を傾げると俺の肩に手を置いて、彼女は周囲の視線が外れた一瞬の刹那に、俺の唇に触れた。
離れると彼女は笑った。
「一緒に帰ろう?」
何だろうか、この気持ち。ああ、恥ずかしいな。顔を真っ赤にさせて、わめきたくなる衝動を抑えて口元に手を置いて、彼女を凄んだ。
「あいよ」
ああ、この憎たらしいこの娘をどうしてしまおうか。
(うん、やっぱ俺の彼女が一番可愛い)
(バカだ)

ALICE+