黒子のバスケ
そのままで、いいんだよ。
「……っ!」
「……」
俺の隣人の彼女(俺の彼女じゃない。だたのクラスメイトだ)は、大人しめの子で。一見普通の女の子に見えるが、実は中身がかなりヤバかった……。今も板書の隙間から覗くように見れば、グリムゾンレッドの携帯ゲーム器を両手に掴んで○ボタンを押して、耳から伸びるイヤホンで外界を遮断させてニヤけ顔を隠しながら悶えていた。机をばんばん、エアーで叩く真似をしている。ツボったのか……?不自然なこの空間の中で、授業中だというのに、隣人の女は、密かに自身の世界を築き上げていた。
しかも、一度も担任にバレたこともなければ、成績も30位以内を普通に保持している。凄いと言えば凄い奴だった。先生からの信頼もあるようで、誰から観ても彼女は、優等生だった。目立つ事も浮く事もなく、普通の女子生徒をしていた。
「なあ、それ面白いのか?」
「……え」
「ああ。聴こえるんだ。そりゃびっくりだ」
イヤホンしているから聴こえないかと思ったぜ。とか思いながら平然とした顔で彼女に声をかけたら、彼女は…固まっていた。
それから「 ちょっと待て 」と手を軽く上げてこちらに掲げる。それから急いで様々なボタンを押してから電源を切って、机の上でカモフラージュのために開きかけの教科書とノート、その上に転がるシャーペンを持ち今までノート執ってますよ、ってフリしてから、こちらを一切見ずに遮断した。いや、無視だな、これ。腹は立たないが弱みを握ったような気分がせり上がって来て、加虐心が疼いた。シャーペンのノブで彼女の肩を軽くノックした。手に頬を置き立て肘しながら、完全に彼女の方へ身体を向ける。
「無視、してんじゃねぇーよ。バラすぞ、おい」
「……なんですか」
効果的だったようだ。愉しくなってきたから、なんとなく笑みを浮かべる。
「お前が今までやってたゲーム、見せろ」
「…君がやっても面白くないと思うけど」
「それを決めるのは俺じゃねーの?」
挑発的なその言葉、乗るのかと思いながら彼女は溜息をついてから、引き出しの中にしまったゲーム器を取り出して電源をつけた。何やら弄ってからそれを机の下越しで手渡される。イヤホンと共に。
それを受け取り、イヤホンをつけて彼女がやっていた通り、肘でコードを隠してそのゲームの中を覗いた。
ボタンを適当に押すと、いきなり男の甘い声が聴こえて来た。
「 今この場で世界が終わってもいい、お前が好きだ 」
突然の男の気色悪い告白に、思わず噴き出すところを我慢して、机の上に額を擦りつけて、肩を震わせていた。
そんな俺の反応に、彼女は居た堪れない表情をしながら顔を背けて板書を続けた。
面白くなって適当にボタンを押して、選択して行く。会話では男の数の喋る音声も多く。その多くの台詞は全て甘い告白のような言葉ばかりで、正直、隣人の彼女のことを知ることになった。
「 俺は、お前の頑張ってる姿、いいと思う 」
「 大丈夫だ。俺がついてる 」
「 好きだ 」
「……」
「 好きだ、なまえ 」
名前表示に彼女の名前が書いてあった。そうか、こいつ、こういう男が好きなのか。がさつで不器用で、でも、優しくて、肝心な時に言葉に出来る、強くて男らしい奴。そんな奴、日本男児にいるわけねーだろ。
でも、鼻で笑えなかった。馬鹿に出来なかった。
そーいや、最近まで彼氏居たんだっけ。確かフラれたって聞いたが……。
どーでもいい情報だった。でも耳に入ってきて、そういえば同じクラスだったと思ったら、事あるごとに彼女の姿を追っていた。
笑う回数が減っていること。一人になる回数が増えていること。彼氏と言葉を交わす事もすれ違う事もせず、ただ避けている事。そして……男と喋る回数が無くなっていたこと。
絶望、したのか。何か言われたのが原因だろうって思った。こんなこと考えるまでも無い。そして興味すら湧かない。どーでもいい。ほんとっ、どーでもいい……。
緩やかな音楽がゲームから流れる。直接に耳へ振動が伝わる。隣を見つめると真剣に黒板と向き合うこいつがいて――。
「好きだ、なまえ」
好きだ、と思っていた。こいつが、好きだと。こんな欠点だらけのこいつを、気持ち悪いなんて思わなかった。最初から、こんなゲームしていても、好きだと思った。お前の名前を初めて知った。苗字しか知らなかった。でも、知れたら使う。
俺の言葉に驚いて、こちらへやっと向けた大きな瞳が、愛おしいとさえ、思えた。
「…はあ?拓磨の真似?」
「……ふざけんなよ、オタク女」
雰囲気ぶち壊しだな、こいつ。マジ空気読めよ。こーいうの好きな癖に何でわかんねーんだよ。
うざい、から後頭部に手を回して、教師が黒板に振り返ると同時に、引き寄せて彼女のそれと重ね合わせた。
誰も見ていない一番後ろの片隅で、触れ合うだけの口づけをした。そっと離れると目を見開かせたまま、情緒のないような口を開けていた。だから、舌を出して言ってやるよ。
「隙だらけだぜ、ばーか」
そう言ったら、可愛いくらい真っ赤にさせて前髪で目元を隠した彼女がいた。

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