黒子のバスケ

自覚してよ。




歩く速度を速めても後ろからついてくる足音は通常ペース。大きさが全てにおいて違うのだとわかっているが、どんなに無謀だと思っても走った。運動部の相手に勝てる訳もないことは明白だ、そうだ!わたしは、馬鹿だっ!



「んで、捕まるし……」
「つーかまえたっ!」



子供のような思考なのに、身体が大人ってお前もう、某アニメと交換して来いよ。てか、宣伝か!アホ抜かせ。
ぜぇぜぇ、息を吐いているのにこいつはもう、逃げられないように壁に手をついてわたしをその腕に閉じ込める。周囲の様子さえも見えないその大きな身体に、息を整えながら「 ああー 」と叫ぶ。それは自分に失望しているだけだ。
それを勘違いしたのか、それとも催促されたのかと目の前の彼、紫原は少しだけオロオロしてから額と額をくっつけてきた。



「なあによ」
「……ごめん、なさい。だから、怒らないでー」
「………、じゃあなんで怒られるとわかってそういう事したのか、説明しなさい」
「……だって〜」



母親だ。子供に説教する母親の心境に、自分はまだ若いはずなのにと落胆した。頭を抱える。この光景を見て、追い詰められているのはわたしのはずだが。実際に追い詰められているのは、この檻を作った張本人だった。



「俺のなまえちんなのに……勝手に好きだって、紙キレなんかに書いて渡すんだもん」
「はあー。うん、それで?もっと大人の対応があったんじゃないの?なんで、破いた」
「だって腹立ったから」
「それは嬉しいけど、じゃあ、何故彼に暴力振るったの」
「だってつけ上がるから」



また溜息を吐いた。子供だ、こいつ。マジ、子供だわ。嫉妬してくれたのは、凄く嬉しい。ああ、わたし愛されてるなとか彼の深い愛情を感じられるから、嬉しいさ。だけど、こいつのは若干違う。好きなのはわかる、が。それは子供が玩具を取られたくない心情と一緒なのが悪い。

親の顔が見てみたい。
前々から思っている事だった。どんだけ自由教育やねん。のびのびしすぎて身体だけ成長して、中身は小学校から抜け出せてませんよー。
手刀で彼の頭を叩くと「 いたあ 」と言って額が離れていく。腕を組み更にしゃがんだ彼の頭を容赦なく叩いた。



「大体。もう高校生なんだからいい加減取った、取られたとか卒業しなさい。それから人の物を勝手に見るな。必死の告白をあんたは何だと思ってるの」
「いたいたいたいたっ!なまえちん!いたいよぉー」
「玉砕覚悟で出した、とか。考えないわけ?」



叩くのをやめてしゃがみこんだ彼に合わせてわたしもしゃがみこみ、顔を覗くと。紫原はとっても無邪気な顔をしていた。



「……忘れてた」
「気がつかなかったの間違いでしょ」
「そうともいうねー」



へらり、と笑って一人で納得する。自己解決している辺り、成長を感じませんよ。お母さん。
鼻を鳴らして眉を寄せて眼が垂れさがってしまう。だいたい、わたしも甘いのかな。



「なまえちん、なまえちん」
「ん?なあーにっ、」



名前を呼ぶから少しだけ顔を上げれば、唇が重なった。触れ合う彼の唇の熱さに、背筋に僅かな快感が駆けあがって来たと同時に焦ってしまった。
少しだけ唇が離れると言葉を発しようとしたわたしに、二の句もあげさせずに、喰らいつくような、それでいて優しいキスを施した。唇に歯を立てて、甘く噛まれる。何度も角度を変えて、焦らす様な、急かす様な、でも性急さを隠している様な探る様なキスがもどかしいと思う。情熱的で、背骨をとかされる気分だった。
いつの間にか腰に腕を回され、壁に背中が当たる。今度、追い詰められたのは、紛れもなくわたしだった。


濡れそぼった唇が離れて、甘い吐息を吐きだす。頬を沿って、顎、首筋、鎖骨とその長い指先が滑って降りていくのをただ黙って受け入れると、額にキスを落とされて、再びおでこ同士をつけて瞳が彼の視線とぶつかる。その恍惚な瞳と……。



「でも、なまえちんも悪いよねー。だって、告白される隙をわざわざ作ってあげた、んでしょ?」
「はあ?!そんなわけっ……」
「じゃなきゃ、オレから奪(と)ろうなんざ、思えないよ」
「っ」



ぞくり、とした。急に駆けあがった温度が一気に冷めて行くのが解る。逃げ腰で壁に手をつたうと。何とも不敵な笑みを浮かべて舌舐めずりをした。



「んー、やっぱ所有印。つけよーかなー」



首筋に降りて来た彼の頭を叩きたくても両手首を掴まれて自由が利かない。



「ちょっと!!」



首筋に唇を当てるとそのまま小さなリップ音を響かせて下へ降りて行きボタンを第三ボタンまで外されてしまい。胸元まで露わになってしまい、慌てる。けどお構いなしに舌を這わせて、狙いを定めたかのように鎖骨から胸元にかけて強い吸引を感じると痛みが広がり、瞳の端に涙が溜まる。
そんなわたしの顔を見ると、困ったように笑った気がした。



「自覚してよぉ。なまえちんは、オレの彼女(もの)でしょ」
「……してる、よ」
「もっと。まだ足りない」



そう言ってもう一度惹かれあう様なキスをした。


2012.05.18

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