弱虫ペダル


涙で濡れたのは後悔とほんの少しの安心感だった。

何度も何度も夢見てきた。この光景。だけど、彼の目の前にいるのはわたしではなく、別の女の子。
足がすくみあがって動けない。心臓が悲鳴を上げるかのようにキリキリと傷んだ。



「好きだ」



言われてみたかったこの耳に届いた言葉は、別の女の子に捧げられてしまう。その所為か何とも言えないほどのチープ差を際立たせて聞こえた。
妄想と現実の厳しさに頭の中が真っ白だった。でも、真っ白ながらも彼の幸せそうな表情にほっとしたのを覚えてる。


受け入れられたんだ、よかった……?よかった?あれ?なんでよかったなんて思ってるんだろう?


自分の胸に手を当ててみても分かる訳もなく、わたしは首を傾げた。自分の感情がわからない。ごちゃごちゃに混ざり合ってかき混ぜられて、判別も出来ない。ふるいにもかけられない。
ふと、見上げた空はどこまでも澄み切った青空で、吐く息はとても白かった。



二人が校舎へ戻っていく姿を確認してからわたしはやっと足が動いて、わからないままに教室へと自分も戻っていく。
ガラガラと音を立てて入った室内は、暖房が入っていて暖かかった。
わたしの席の近くにいた友人がわたしに気づいて手を振る。それに答えるように手を振れば彼女は驚いた顔をしてわたしのその手を握った。



「どうしたの、なまえ?」
「へぇ?なにが?」
「どこか痛いの?」



心配症な友人まで立ち上がりわたしを囲む。二人していったいどうしたんだろう?
わからないから首を傾げて「 可笑しなふたり 」と笑ったら二人は急にわたしを抱きしめた。二人の抱擁に戸惑いながら慌てると。



「頑張ったね」
「痛かったよね」
「………ッ!!」



ヘタな作り笑いが崩れていく。ううん、初めから作り笑いなんて出来ていなかった。ずっと視界がぼやけていたんだから。
震える声で静かに涙を流すわたしに、ふたりはきつく抱きしめてくる。教室の賑やかな中で私たちは水色の世界に流されていた。



さめざめと泣きながらわたしは泣き腫らした瞳を瞑り、机の上で眠りにつく。これが全て夢だったらと願うばかりで……。



「夢の中でも泣かなくてもいいのに」



隣の席から聞こえた声は、子守唄のように優しくてわたしの瞼からまた涙がこぼれた。真珠玉のような涙が。



「だから言ったじゃないか。俺にしとけばって」



撫でられた頭、前髪が誰かの固い指先によってサラサラと動きながら、浮かんでは消えていくその真珠を奪っていく。

仄かに香ったお菓子の匂いに鼻をすすった。



(泣き顔かわいいな)
(新開の発言が変質者っぽいんだけど)
(こんな時まで喧嘩売らないでってば)


20140306

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