黒子のバスケ
拾った瞬間、きっと――。
「あ」
何とも歯切れの悪い母音を発声してしまった。実に間抜けだなって思った。そんなわたしにプリッツを食べながらどうでもよさそうに聴いてくる。
「どした?」
「生徒手帳」
「ほう」
「無くしたわ」
「馬鹿じゃないの?」
うわー。おもっくそ真顔で言われた。馬鹿って言われた。ムカつくが何も言い返せない自分が悔しい。
拳を握りしめながら震える利き手。そんなわたしにお構いなしにお菓子を食べ続ける彼女。食べかすを廊下に落とすとかあんた器物損害やん。
「んで。どこに落とした奴さんよぉー」
「どこかだ」
「馬鹿じゃないの?」
二度も言われたこなちくしょー!
「結局落とした場所知らんのかいな」
「知ってたら暴露しないよね、ここで、あんたに」
「馬鹿じゃ「……なに?」イエ、ナニモデゴザイマス」
怒りを押さえながら表情をあくまでにこやかに、社交的に。でも指の体操をするためにしきり動かしていると流石の友人もプリッツを進呈した。それを唇で挟みそのまま咀嚼する。
「新しく申請すれば?事務行きなって」
「探してあげようとかないんか」
「てろぺろー」
教室についたから友人がドアを開けて先に入る。その後を追うように入ると男子生徒とすれ違った。身長の高い人だったけれど、今は生徒手帳の行方の方が脳内を占める心配の種だった。
「……」
けれど、すれ違った男子生徒だけは振り返り教室に入っていくわたしの後姿をただ、眺めていた。
連れない友人に半ば強引に勧められ事務所に向かっている最中だった。先約が居たのだ。それは男子生徒だった。歩く速度を緩めながら徐に自身の時計の時刻盤を確認した。
三時過ぎか…。
一応待たせているので、早めに切り上げたいと思いながらその男子生徒の後ろに並ぶと事務の人が立ち上がり受付前から姿を消してしまう。そろそろ終わるのだろうかと大きな彼の隙間から覗こうと背伸びをしていたら急にその人が多分わたしに声をかけてきた。
「何の用で来たんっスか?」
声をかけられたので、見えなかった頭部を見ようと首を上へ向ける。そうすれば金髪が見えた。後姿しか見えない相手の突然の声かけに、何となく驚きながらもネクタイを見て同級生だとわかり気を抜いた。
「生徒手帳落としてしまってね」
「それは災難っスね」
「本当だよ」
「どこで落としたのか見当とかついてんっスか?」
「いいや。なんも。まあ、だからここに居るんだけどね」
「ああ〜。そうっスよね」
軽い笑い話のネタになっている。こんな切り返し方を友人にも見習わせたいと思った。だから、悪い気分はしなかった。
「それにしてもおっそいね、事務員さん」
「そうっスね。特別時間のかかる手続きをしたわけでもないんっスけど…」
「何の手続き?」
「ああ、ただの早退届っスよ」
「ん?それは別に事務じゃなくてもよくないか?」
「俺のは特殊なんっスよ。まとめて十枚くらい欲しいんで」
「……どんだけ病弱なん?君」
「はははっ。そういう訳じゃないんっスけど…。所で、黄瀬涼太って知ってるっスか?」
「キセリョウタ?……ごめん、誰?何系の人?芸能人とかは興味ないからわからんよ、わたし」
「ああー、芸能人寄りなんっスよ。やっぱ知らないみたいっスね、なまえっち」
「え゛」
名前を呼ばれて不思議じゃなかった。嫌、同学年だけど苗字を知っているならわかった。それを不思議じゃないと思う。だけど、これは違う。下の名前を呼ばれたんだ。勘違いしているとかではない、確信のある落ち着きはっらた声だった。若干身構えながら相手の頭部を凝視していると、男子生徒の方がゆっくりと振り返った。初めて互いの顔を露見した瞬間だったのだけど。
こんな顔整った人いたっけ?同じクラス…じゃないよな?疑問の眼差しで相手を見つめながら考えていると向こうの方がブレザーのポケットを探り始める。
そして、お目当ての物を見つけ出すとそれを優雅に取り出し、わたしの目の前に差し出してきたのだ。ちゃんとわたしの眼線に合わせて屈んで。
「俺がその黄瀬涼太なんで、以後お身知りおきをお願いするっス」
「はあ?……っなんでコレっ!!」
彼の手元にあったソレはわたしが無くした生徒手帳だった。思わず飛びつくように彼の手事、その生徒手帳を掴んだ。その瞬間。彼は生徒手帳をわたしに譲り折った膝を伸ばした。顔を見ようとすればタイミングよく事務員の人がやってきた。
「あ〜ごめんね遅れて…。はい、これが用紙ね。ちゃんと10枚あると思うんだけど確認してくれる?」
「ああ!大丈夫っス!もうバッチリ!それじゃ、俺はこれで失礼しますっ!!!」
「あ、黄瀬くん?!」
事務員の人の呼び声も聴こえていないかのように、急ぎ足で廊下を駆け抜けて行く彼の背中が見えた。事務員の人と首を傾げながらわたしは用だった生徒手帳を無事見つかったので丁重に、その場を回れ右して帰った。
それにしても、何で彼がわたしの生徒手帳持ってたんだ?
疑問に思いながら確認のために生徒手帳のページをペラペラとめくって確認していると、何か挟まっていることに気がついた。
「なんだ、これ?」
メッセージカードのようなサイズの封筒とその中身の厚紙の用紙。裏をひっくり返すと笑ってしまった。
「あはははっ!なんじゃこりゃ…」
そこには何度も何度も消したシャーペンの跡が刻まれていた。黄瀬涼太の名前とクラスとアドレスと、それから……。
「…俺、自分がこんなに格好悪いの初めて自覚したっス」
「元々の間違いだろーが」
「今頃きっと読んでるっスよね…ああ!絶対アレ写ってるよな……」
「……別の紙に書けばよかったんじゃねぇか?」
「ッ!!!?」
「気づけよ、普通」

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