うたのプリンス様
会いたかった。君だけに、逢いたかった。
お前が消失したあの日を境に、俺は伸びるように早乙女事務所に見事一位で通過した。目まぐるしい日々の中で、ふと思い出すのは、いつだって、お前の笑顔だった。俺に対して「 バカだな 」と呟く彼女の笑い顔が、どうしようもなく、俺の胸の中をかき乱して狂わせる。疲れている時、落ち込んで居る時、舞台裏、撮影、ステージ、すべての気を緩んだ瞬間。いつだって、君を思い出した。
瞳を閉じると、浮かぶのは君と笑った日々。
二人で徹夜してまで作り上げた課題曲。文句を言い合って、意見出しあって、頬にファイルとインクの跡をつけて、レッスン中に居眠りして叱られたことも、学園長に無理難題言われた事も、全てが鮮明に思い出せる。色褪せることのない過去の産物。いや、過去じゃない。俺にとって、今でも現在進行形で時を刻んで行く。
「翔、今日はもう上がりでいいよ」
「じゃあ、おつかれさまでーす」
マネジャーの一言で深いソファーに身を投げる。最近、仕事を詰め過ぎてハードスケジュールだったから流石に身体が根を上げた。まだ、10代だけどな。
「ふぅ」
息を吐き出して、身体をリラックス体勢にすれば、自然と睡魔が襲ってくる。
少しだけ、寝るか……。
そう思って、ゆっくりと瞼を閉じると、眠りはすぐにやってきた。
「 翔ちゃん 」
「 んぁ? 」
瞳を開けると目の前に学生服に身を包んだ、なまえが居た。彼女の学生服を見つめてから、これが夢だと理解するのは早くて、落胆したと同時に、俺の意識はあいつばかりが占めていることに鼻で笑った。嘲笑だ。
いつの時の記憶の産物なんだろうか。探りながら彼女を眺めていると、あいつは俺に向かって笑った。
ああ。と気がつく。そうか、これは、あいつが消えた日だ。
「 時間切れ。もう、ここに居られなくなっちゃった、ごめんね。最後まで一緒に居られなくて 」
「 時間切れってどういうことだよ!!居られないってどういう意味だよ、なまえ!! 」
あの頃の俺は、まあ、今も子供だけど。もっと幼かった。背が低いくらい、幼かった。気が動転してお前の気持ちを汲んでやることも、配慮してあげることも出来ずに、悲観した。自身を嘆いた。
笑顔を歪ませながら涙を呑みこむお前のそんな姿も見て見ぬふりして…。
「 翔ちゃん、絶対デビューしてね?わたし、世界は違っても翔ちゃんのデビューを楽しみにまってるね 」
「 お前っ、質問に答えろよ!!なあ、なまえ…嘘だって、言ってくれよぉ!!? 」
「 ごめんね、翔ちゃん。ごめんね、わたし、翔ちゃんのコトっ―― 」
「 なまえ?!ちょっ、待て!待てって!!俺を……、俺を…、置いて行かないでくれっっ!!! 」
彼女を包む光が一瞬にして眩しさを放つ。その刹那的時間の中で。彼女は、俺の頬に水滴を溢して消えた。
目の前から消えたんだ。初めから、存在などしていなかったかのように、彼女の姿がその日から、消失した。
俺以外の人間が彼女を覚えていることは、なかった。俺もそのうち消えてしまうのだろうか。彼女との想い出も何もかも総て……。それが凄く怖いと思った。写真から彼女が例え消えてしまっても、俺は忘れないために何度も、その空白の部分を見つめて、お前とのやり取りの紙や、楽譜を取り出して、忘れないために必死だった。
そんな一部始終を眺めながら、もう一人の意識の俺は後頭部を掻き上げながら溜息を溢した。
「なに、やってんだか、俺」
呆れている訳じゃない。ただ、そうやって努力しても、彼女がこの先現れてくれる事はなかった。まるで、かぐや姫のような気分だった。俺は哀れな帝か。このまま歳を経て、死んだら会えるのかよ。
やるせない気持ちが溢れて来て、握った拳を解放するように、壁を思い切り叩いた。夢の中でも痛いと思えば痛いんだな。
そんな事をぼんやり考えながら、いつの間にかシアターは終えていた。俺ももうじき夢から醒めるのか。そう思っていたら。無意識のうちに、涙が零れていた。
「なん、だよぉ……マジで、なっさけねーの俺……っ」
何度涙を流しても、俺の心は渇いている。渇望しても、お前に会えない。失って人は初めて気がつくって言うけれど、それが痛感するほどわかった。
なまえが消えて初めて、俺は、会えない辛さを知った。
生きていれば会える、とか。笑い草だと思った。この世界に存在していない彼女に会えるわけがないというのに、額に手を当てて零れる涙を流し続けた。
「お前が、いない世界なんてっ、アイドルになったって、夢叶えたって、……意味ないんだよぉ」
脆弱な身体が憎かった。夢は歌って踊れるアイドルだった。だけど、いざ叶っても、一番笑顔にさせたい人がいない世界で、一番見せたい人のいない世界で、何が歌って踊れるアイドルなんだよ。
「逢いたい」
何度も、何度も、口にするよ。お前に逢いたい、と………。
「翔ちゃん」
「……ん」
「翔ちゃん」
「……、なまえ……っ?!」
まどろみの中で名前を呼ばれた気がした。いもしない彼女の声で。でも、一縷の望みを賭けて瞳をゆっくりと開けると、ぼやけた視界の中で人影が見えた。懐かしいシルエットに、また、夢の延長戦かと思って何度か瞬きを繰り返すと、ふと、手を触れられる。重ねるように優しく乗ったその重みと温かさに再びその影を凝視する。だんだん視界が晴れて行くと、そこに居たのは、微笑みを浮かべているなまえだった。
思わず、飛び起きるようにソファーから上半身を起き上がらせると彼女は、驚きもせずに柔和に笑って。
「ただいま」
そう、呑気に答えた。
俺が何かを発する前に、彼女は言った。戻って来た。戻って来た。今、目の前に彼女が居る。こいつが居る。そう思うと歓喜に震える身体を無理矢理動かして彼女を抱きしめた。
「おっせぇんだよ!ばかぁ!おまえ、どれだけ俺を待たせれば気が済むんだよ」
きつく抱きしめて存在を確認する。ここにいる、感触がする。本物だ。夢、じゃない。
そう思えば再び涙を流して、かっこ悪くても構わずに、俺はこいつの目の前で泣いた。肩口を濡らすように泣いた。そんな俺になまえは背中に手を回して、泣いた。
「うん、ごめんね。……っ、翔ちゃん。……逢いたかった」
鼻声に対して、俺も同じように繰り返した。
「俺も、逢いたかった」
涙を流しながら、向かい合えば。二人して額をくっつけて笑い合った。泣き顔で笑ったお前の顔は、今まで見た笑顔の中で、一番、綺麗だった。
(もう、離さない、離せない。お前の居ない世界なんて、うんざりだ)
(もう、帰らない、帰れない。あなたの居ない世界なんて、耐えられない)
あとがき
音也とレンが消えてしまった彼女を思うのなら、翔くんは消えてしまった彼女に会えるのかな、と思いました。とある絵師さまの絵に痛感して、書きました。逢いたい、と思ったら逢いにいきましょう。くよくよ考えている暇があったら逢いに行きましょう。だって、それが、きっと、答えだもの。
2012.06.17
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