starry sky

春と睡眠とそれから………。


珍しい程に、この日俺は夢を見た。
授業中の静かな昼過ぎのこの眠くなる時間帯に。
いつものように、哉太は机の上でわかりやすいように眠りについている。それはわかるが、俺が眠るなんて…。自分で言うのもなんだが、可笑しな情景だっただろうな。
だけど、俺が何より気になったのは夢の内容だった。


真白な空間に突然浮上したのだ。これが一発で夢だとわかったのはそんな真白な空間がまるで箱の中のように思えたからだ。


夢、か……。


周囲を見渡しながらそれでもその場から足を踏み出す。だんだん足を運ぶと誰にも逢わなかったのに、初めからそこに居たかのように、1人の少女の後姿が見えた。真白なワンピースに身を包んだセミロングの女の子。
それが誰なのか、そんな事すぐにわかった。愚問だよ。だが、口元に手を置き紅潮する頬を隠した。


羞恥心だな、これは……。


これが夢だとわかっていると、それは願望の表れ。彼女が居ると言う事は…これは俺が望んだ登場人物だとはっきり主張しているのと変わりはないのだから。
素直なのは、内なる心の中だけということだ。我ながら恥ずかしい。
こんなことを想っていても口元がにやついてしまうのは、人間なら誰でもそうなる自然な摂理だ。とか、誤魔化してみる。どこまでも俺は、せこいな。
立ち止まって遠目で彼女を視界にとらえていると、一気に情景が変わった。
真っ白だった景色が突然、放課後の教室に変わったんだ。驚いて周囲に気を取られていると、彼女が振り返りその素顔を俺は初めて目撃した。
思わず、制止してしまった。



「東月……」



それは……彼女の頬には、瞳の淵から溢れ出てしまった涙の雫が跡のように流れているからだ。
呼ばれる俺の名前。ぼろぼろと溢れる彼女の涙。放課後の天文科教室。緋色の差しこむ窓辺。真白なカーテン。
静寂なるこの空間の中で……彼女は真っ直ぐ俺を捉えながら、涙を流し続ける。
伸ばしかける腕。これは俺が泣かせてしまったのだろうか。それとも他の誰かが?とにかく、泣きやませないと……。

そう思うのに、身体が上手く動いてはくれなかった。そう、俺は不覚にも動揺してしまったんだ。彼女の涙に。
泣かないとでも思っていたのだろうか。もしそうなら莫迦だろ……。深層心理部分だというのに、自分でもわからない程戸惑ってしまっている。



「っ……、なまえッ」



口さえも上手く動かなかったけれど、何とか呟く事が出来た彼女の名前。すると、彼女は突然この情景と共に風に飛ばされるかのように消えて行く。まるで鱗が取れて行く場面のように…。消えて行く彼女と情景。それで、初めて焦った俺は動けなかった身体が突然軽くなって急いで彼女の元へ走る。だけど、後一歩の所で彼女は冷たい涙だけを残して居なくなってしまった。
最後の彼女の表情。見えなくなってしまったが口元だけは最後まで残っていた。
何も出来ない自身の掌を見つめながら。



「笑っていたのかな」



そんなことを呟いた。あれも俺の願望の一部だったのかな。
情けなくなって頬についた彼女の涙の雫に指先で触れて濡れたその指先を舌先で舐めた。



「……しょっぱい」



瞳を閉じて呟いたら次に視界を捉えたのが、月子だった。




「…錫也?」
「……月子、か?」



いつの間にか伏せていた身体を起き上がらせ周囲に目配せをする。月子は驚いた様子で帰り仕度の格好をしていた。



「二時間ぶっ通しで寝てたよ?どうしたの?ホームルームの時も熟睡みたいだったし…錫也らしくなかったから心配しちゃったよ」
「あれから寝っぱなしだったのか……。ごめんな、心配かけて。でも大丈夫だ、ただの寝不足なだけだからさ」
「そうなの?……まあ、どこも怪我とか具合が悪いとかじゃなさそうだし…。でも、本当に体調悪かったらちゃんと言ってよね。錫也は何も言ってくれないから」
「……それは、お前もだろう。ところで、哉太は?」
「まだ寝てるよ。私起こしてくるから、錫也は早く帰り仕度して一緒に帰ろう」



月子が哉太の寝ている席まで向かうその後姿を見て、夢の続きを思い出す。そしたら急に焦燥感に襲われた。突然立ち上がり俺は誰に告げる事も出来ずに教室から駆けだした。



「錫也っ?!」



月子の驚いた声さえ耳にも届かずに。廊下には帰る生徒で溢れていたのを避けるように目指した神話科の教室。
開閉されていた教室の中へ入り、まだ生徒がちらほら残っている中彼女の姿を探していると。



「東月?」
「……なまえ」



俺の名前を呼んだ彼女が席から立ち上がっていた。そんな彼女の姿を捉えた途端。今度は身体が勝手に動き出した。
夢の時とは大違いのように、重力は軽かった。
伸ばした手には確かに彼女の感触が、温もりが伝わってきて。俺はそれが嬉しくて、安心して、それを身体で表現するかのように。彼女の事を抱きしめた。



「とう……つき……?」



驚きながらも、彼女が抵抗する事はなかった。ただ、不思議に思っただろうけれど。それでも彼女は突然の俺の行動を受け入れてくれた。それも感情に繋がったのだろう。
彼女の細い身体を優しく抱きしめながら、彼女の存在を確かめて、頬を伝う涙に気づかなかった。



「どうしたの?」



彼女の問いかけに………。



そう答えたら彼女がそっと俺の背に腕を回して。



「…そっか。じゃあ、一緒に帰ろう」



そう囁いてくれた。



あとがき
前の「 あんけ 」のコメント欄に「 錫也を 」って書いてくださっていたので、リクエストに答えてみましたっ。まったく別のヒロインになってしまったのですが、いかがでしょう?錫也になっているかが心配っす。そしてこれって甘いのかな?



2012.04.17

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