お蔵2019/03/01
OPM一撃男お蔵入り
ぼちぼち書いてそのまま進まないのでこちらで供養
【ヒーロー名】神風



「またランクがさがった…」

インターネット上にむざむざと載っているそれは私のヒーローとしてのランクが下がったことをお知らせするクソみたいなページだ。
一時期は私も少しばかり人気者のA級ヒーローだったけど、今はC級の下っ端ちゃん。A級ヒーローがここまで落ちぶれるのも珍しいと、いつしかわたしは『没落ヒーロー』と呼ばれるようになった。

「サイタマ…新人ヒーロー…」

ぽっと出の新人くんにもランクを抜かされる始末。こりゃC級最下位も待ったナシか。
パソコンから離れペラリペラリと新聞をめくるとA級ヒーロー2名が怪人に敗れたという記事が。バネヒゲと黄金ボール。A級ヒーロー時代にはたまに一緒に仕事をしていた仲だ。今はもう、すれ違いざまに挨拶をすることも無いのだが。

「ざまーみろざまーみろ」

お手製の激マズスムージーを飲みながら、私は新聞をとじた。
ふむ。Z市か。
A級ヒーローがやられた場所。Z市の郊外は高レベル怪人の数々の被害によりゴーストタウンと化している。今回の事件はそこで起きた様だ。

「今週はそこに行ってみるか」

独り身だと独り言が多い。
スムージーをかきこむように飲み、小さくゲップを吐くとわたしは身支度をし、家を出た。

"『神風、幼い少年を見捨てる』"
"『少年見殺し!?A級ヒーロー神風、まさかの逃走』"
"『A級12位神風、ヒーロー失格』"

C級ヒーローになって、週一のヒーロー活動を強要されるようになってもわたしは未だにヒーローを続けている。
今や嫌われ者のわたしではあるが、地道にヒーロー活動をしているとそこそこ好きになってくれる人もいる。
それでも地道で地味すぎて、実力ランキングは落ちに落ちまくっているわけだけど、一般投票の人気ランキングに関してはそこまで悪くない。良くも悪くも有名人なのだ。だからたとえ週一のヒーロー活動がゴミを1個拾った程度でも、ヒーロー協会は私を除名にはしない。(だから他のヒーロー達にはかなり嫌われている。)
そんな私のヒーロー名は『神風』
今は『没落ヒーロー』とか、『そよ風』なんて呼ばれてたりする。
屈辱的。だがしかし、否定もできない。
私は確かに一度、少年を見殺しにしたことがあるし、裁判沙汰にもなった。当時の状況などをみて、結果無罪にはなったものの、私は『ヒーロー失格』という烙印をおされた。
メディアというものは恐ろしいもので、人気者の失敗をここぞというばかりに叩き、つけこみ、そして話を肥大させる。
尾ひれはひれがどんどんついてゆき、しまいには私が殺人者扱いされてしまったときには声も出なかったものだ。
昔、と言っても2年ほど前か。ヒーローなりたての、キラキラと輝いていたあの時代に思いを馳せ、私は愛車のスーパーカブに跨りゴーストタウン、Z市の郊外へと向かった。
あわよくば、『Z市の化け物』をはっ倒してランキングも上々という寸法よ。

のはずだったんだけど。

「ナメてた」

Z市について数秒後。私の目の前にはへドロに塗れた大きな大きな怪人が、いた。
なんとなくめっちゃくそ臭いなあと思いながら、トコトコとカブを走らせていたのだけどまさか怪人がいるとは。
恐るべし、Z市。
しかもこのヘドロ、切り裂いても切り裂いても自己再生力が凄まじくすぐにくっつきやがる。

「あは、あは、おんなのこお。かわいいなあ、かんわいいなあ…」

しかもこの怪人、すこぶる気色悪い。
さてどうするか。悩んでいる間にも攻撃はくる。なんとか避けながら反撃を繰り出すが、また再生してはの繰り返し。
その攻防が数分続き、私はうっかりと足をひねりその場に転んでしまった。
C級になってからというもの、戦いなんてしなかったから当然体は訛っている。

「あは、つ、つか、つかまえたあ」
「ひいっ!」

ヘドロに片足を掴まれ、そのまま持ち上げられる。逆さまの状態で宙ずりになり、怪人の辛うじて顔だと判断できるところから青黒く、長い舌が出てきて、私の顔をひと舐め。

「ぼ、ぼくのおよめさんになるか、ごはんになるか、ど、どっちがいいかなあ」
「どっちもやだよ!はなして!!」

えへ、えへ、と子どものように、だけどいやらしく笑う怪人にどうしようもない嫌悪感と恐怖が沸き起こる。大人気ないながら、少し、漏らしてしまった。
ボタボタと久々に涙があふれて、大きな声で叫ぶことも出来ない。しかもここはゴーストタウン。誰も来やしない。
ああ私はこんなところで、誰にも見られずに死んでゆくのか。
呆気なく。新聞にもきっと酷い書かれ方をするんだろう。
私の人生、ろくなものではなかった。
ベロリベロリと舐められながら、私は自分の死を悟り、瞼を閉じた。
その時だった。

ドゴッ

今までに聞いたこともないような、鈍く重い打撃音が聞こえた。一瞬の浮遊感の後、その直後には先程とは変わり、暖かく、しかし固い感触。
恐る恐る目を開けると

「大丈夫か?」

ハゲがいた。
白いマントに黄色いスーツの、ハゲ。
見まごう事なきハゲ。毛根も確認できないような、鏡になりそうなくらいの、ハゲ。
その見事なハゲ具合に思わず見とれてしまい、頭に手を添えてしまった。

「おい」
「あっ!あ、ご、ごめん…見事なつるっぱげだったから、つい…」
「助けるんじゃなかった」

状況が理解できない。さっき私をくさい舌で舐めまわしていたヘドロ怪人はいないし、なんか50メートルほど先に見えていたマンションの一角が崩れ、土煙が上がっているし、私はため息をつくハゲに抱えられている。つまりこれって、

「あなたが、助けてくれたの?」
「…まあ、助けたというかな。俺はプロのヒーローをしている者だ」

ポンポンと、背中にまわし体を支えていた手を、赤子をあやす様にたたく。
私のようなどこからどうみても淑女にやるような行為ではないと思うのだが、そのおかげで、先程押しつぶされそうになっていた恐怖がだんだんと和らいだ。
しかし、プロのヒーローで、こんなやついただろうか。仮にも私もヒーローだから、大体の人は把握しているのだが。と、考えている途中で今朝ホームページで見た新人君のことを思い出した。

「もしかして、サイタマ?」
「なんだ、俺のこと知ってるのか」
「私、C級ヒーローの神風。よろしくね」

横抱きにされた状態で握手。ニッコリと笑うと、サイタマの顔が少し赤くなった、そんな気がした。



###############



なんとサイタマが住んでいるのはそこからほど近いマンションだった。Z市の郊外、つまりゴーストタウンに位置する。周りは怪人などの被害によりボロボロだったが、その建物は比較的綺麗で、部屋だけを見れば住みやすそうだ。家賃もタダ同然らしい。
私は今、サイタマの部屋でちゃっかりお風呂を借りて、ヘドロでべたべたになった体をキレイキレイしおわったところだ。

「お風呂ありがとー!」
「お前、なんて格好で出てきてるんだよ」
「だって。服かしてよ。そのだっさいTシャツでいいからさあ」

タオル1枚。別にそんな粗末な体でもないと思ったからこそ、この格好で出てきたというのに。見せられないような体だったら恥じらいどころもあるというもの。
ちょいちょいと手招きをすれば、サイタマはため息まじりにOPPAIと書かれたトレーナーを私に投げつけてくれた。すっげーセンス。
ありがたくそれに着替え、感謝の気持ちを込めて下はパンツのみにしてやろう。男物の少し大きいトレーナーに、パンツが見えるか見えないかのギリギリのラインだ。
サイタマの反応を伺ってみると、まあ特に動じている様子もない。私の方が意識をしているみたいだ。なんか恥ずかしくなってきた。

「服洗濯してもいい?」
「お前全然遠慮ねえな」

遠慮ができる人間だったらきっと今ヒーローなんてやってない。心の中で、自嘲。
いいよ。とも言われてないのに、遠慮なく洗濯機にヘドロのついた服をぶちこんだ。後の掃除は、ここの家主にまかせよう。
鼻歌交じりにリビングへ向かい、これまた遠慮なくサイタマの向かいに座る。ニコニコ笑えば、サイタマは目を逸らした。失礼な。

「先生!何者ですか!!」

そのタイミングで、ガチャン!と勢いよく玄関があいた。部屋に入ってきたのはめっちゃくそイケメンのサイボーグ青年。あ、こいつあれだ。早々にS級ヒーローになったジェノスだ。人気投票でそっこー6位とったジェノスだ。

「おージェノス。さっき怪人に襲われててさあ。こいつもヒーローなんだってよ」
「…。ああ、そうでしたか…。生体反応があったので、つい…」

サイボーグのヒーローは何人かいるが、この子はぶっちぎりでイケメンくんではないだろうか。レーザーポインターのような瞳が私をとらえ、しばらく動かない。なんだ、品定めでもしているかのようだ。

「どうしてサイタマの家に今をときめく大型新人のジェノスがきてんの?」
「俺がサイタマ先生の弟子だからだ」
「弟子?」

弟子なの?とサイタマに問えば、不本意ながらといった面持ち。私は私でなぜS級ヒーローがC級ヒーローに師事しているのか全く分からず、首をかしげた。

「まあ、いいや。とりあえずさ、なんかごはんご馳走してよ」
「お前まじで遠慮なさすぎて逆に気持ちがいいわ」



################



『あなたのせいで息子は死んだのよ!!』
『どうして助けてくれなかったんだ、ヒーロー!!』

あの目が、忘れられない。
私が見殺しにした、あの少年の目が、そのご両親の目が、私を罵倒する声が、その唇が、忘れられない。
私はその罪を、背負っていかなくてはならない。
と同時に、
ふざけんな、あの状況であの子を助けることなんて私の実力では無理だったあの少年を生かす代わりに私は死ねってことか
なんて
思ったりもしている。
でも、ヒーローってそういうことだ。ヒーローとは、正義の味方だ。正義の執行には、己の犠牲はつきものなのだ。正義って、とことん自分を蔑ろにすることだ。正義って、献身することだ。正義って、正義って、己自身にとっては、とてもくだらないことなのだ。
だから私はあの時、死ななければならなかった。正義の象徴として、たとえ共倒れになろうとも、私は死ぬべきであったのだ。
だから私は、肩書きだけはあっても、もう既にヒーローではないようなものだ。そんなこと、みんなとっくに気がついているのだけれど。

「おい」
「…ん、んご?」
「うなされてたぞ」

暗い暗い世界から、どことなく気の抜けたような声が聞こえ、暗闇から光が差し込んできた。
目を開けると太陽のようにまぶしいハゲ頭があって、私の顔をのぞいていた。
あ、そうだ。私サイタマの家に泊まってたんだった。

「ん、んんん、」
「パンツ見えてんぞ」
「んんんん〜…」

寝起きはバッチリ最悪のほうだ。カーテンから差し込む光が眩しく、もぞもぞと床に顔を擦り付けているとお尻の辺りが少し暖かくなった。ジェノスくんが丸見えパンツを隠すためにタオルをかけたらしい。あ、今日はばっちりTバックだった気がする。

「ねむい…」
「お前なあ。いつ帰んだよ」
「もう一泊…」
「あほか」

襲うぞ。と結構ガチめに言われたものだから、思わず目が、さえて、ガバッと起き上がった。サイタマを見ると本気か冗談なのか分からない、無表情で無感情な瞳が私を見ている。
コーヒーを用意していたのだろうか、ケトルを持ちキッチンに立っているジェノスくんを見ると、目を丸くしてこちらを見ていた。

「するなら別にいいけど」
「…アホか!」

バチン!!おでこに突然の痛み。視界がチカリと光る。デコピンか。デコピンなのかこれは。あまりの速さとあまりの衝撃に理解が追いつかないが、私はどうやらサイタマにデコピンをされたようだ。
あまりの痛みに蹲り悶絶。謝罪の言葉がふってきたけど、到底許せそうにない。

「サイタマが言い出したのに!」
「本気にしてんじゃねえ!」
「なによ!別に子どもじゃあるまいし!」

未だにチカチカする視界のまま、よろけながら起き上がり、ジェノスくんが(多分私のために)いれてくれたコーヒーを受け取り、一口。ふう、だいぶ落ち着いた。

「…俺はお邪魔でしょうか?」

無機質な瞳に困惑した喋り方が、ミスマッチ。思わずコーヒーを吹き出して、サイタマのキレイな頭にそれはかかった。
何、この子。めっちゃかわいい。

「ジェノスくんって今彼女いるの?」
「は…」
「おい!勝手に人んちの同居人口説いてんじゃねーよ!」


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