08

バックンドッキンバックンドッキン

心臓がやけにうるさい。
すごくすごく緊張してる。
呼吸も乱れる。
ハァーッ大きく息を吐き、そして鼻から思い切り酸素を取り入れた。

今日から新学期。
学園には通わないけど、私は塾に通うことになっている。
祓魔師の塾。
私はみんなよりちょっとだけフライングしてるものの、生徒さんには巫女の血縁やお寺の息子さんなんかがいるみたいだから知識は多分、同じくらいのところからのスタートなんじゃないかなと思う。
それでも、新しい環境は緊張するもんだよな。
学園に通わないにも関わらず渡された制服に袖を通し、リボンを整える。
制服までメフィスト色だよげろげろ。
しかも折らなくても充分スカートが短いところが何とも言えない。

「ネイガウスさん似合う!?」
「馬子にも衣装だな」
「褒めてるんですね。知ってますよ」
「さっさと行け」
「はいはい」

ネイガウスさんは世間一般で言うツンデレというやつじゃないだろうか。
私はそう信じてるんだ。
ネイガウスさんと別れてメフィストさんにいただいた鍵で適当に扉を開けた。
塾は予習でたまに使うから、もう迷わないくらいにはなったと思う。
メフィストさんに言われた通り、一一〇六号室を目指す。目指すと言っても大した距離ではないけれど。
目的の場所まで来ると私はドアの前で深呼吸をした。
友達できるかな。とか。
授業ついていけるかな。とか。
奥村さんは何の先生なのかな。とか。
ネイガウスさんが恋しい。だとか。
また大きく動き出した心臓が嫌というほどうるさい。
大丈夫。私はできる。
アイ キャン ドゥー イット

「いざ!」
「おや、ちとこさん。何をしていらっしゃるんですか」
「ぎゃあああ!」

緊張していただけに、突然のことはそりゃあもう驚く。
もうやだ心臓飛び出る。
何してくれんだ。とその聞き覚えのあるピンク色が嫌でも目につくそいつの声のした方向を睨みつけてやった。
でも、そこにあいつの姿はない。
いたのは黒髪の少年だった。

「あ、あれ…?ピンクじゃない…」
「??ぴ、ピンク…?」
「私のことでしょうか」
「ぎゃああ!!犬がしゃべったぁああ!……て、この声…」

この短時間で随分叫んだような気がする。喉が痛い。
再度声のした方向、つまり少年の足元を見ると一匹の犬がいた。
喋る犬。
喋る犬は初めて見たけど、その声はさっきも聞いた、真っ先に思い浮かんだあの人物の声だった。

「め、メフィストさん…?」
「はい。そうです」
「なんで犬になってんですか」
「可愛いからです」

わけがわからん。
もう突っ込む気にもなれずにはぁぁ、とため息をつく。
緊張なんて吹き飛んでしまっていた。
その点においては、よかったんだけどね。
なんて馬鹿馬鹿しいなんて思いながら犬メフィストさんから視線を上げると黒髪の少年と目があった。
この人も塾生、なのか?

「ああ、二人とも初対面ですよね。これから共に悪魔祓いを学ぶ仲間ですよ」
「あ…えと、小川ちとこです」
「お、奥村燐だ…です」
「え、奥む」
「さあ教室に入りましょう」

奥村って苗字、奥村さんと一緒だ。なんて思ったから言おうとしたらメフィストさんに遮られてしまった。
この可愛くない犬め。
私たちはメフィストに従って教室へと入る。
ノリで奥村くんと隣の席に座って、人数少ないななんて思っていたら奥村くんが私の気持ちを代弁してくれた。
でもメフィストさんによると今年は多い方なんだとか。
そんなことを話していたら先生が教室に入ってきた。
奥村さん、奥村先生だった。
それを見た奥村くんがなんか驚いたのかなんなのか、色んなモノを出した。今日1番ビックリした。
大丈夫?ときいてみるけど大丈夫じゃなさそうだ。
しかも奥村くんはどうやら先生と面識があるらしい。
何がなんだか分からない私は、ただボーッと先生と奥村くんを見ていた。

こうして私の塾ライフが、始まったのだった。