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休み明け、私はメフィストさんにお呼ばれされた。
学園の最上階、メフィスト邸まで鍵無しで来いとのことだった。
あんたは鬼か。
ああ、悪魔だったよ。
ぜーぜー言いながら坂を登って行き、自室から出てメフィスト邸に着くまで2時間くらいかかった。

「げふっ め、メフィストさん…ぜーはーっげふっ 私で、すっ」

インターホンを押すのも一苦労。
ていうか喋る気力体力すらない。
今開けますねーなんてインターホンから陽気な声が聞こえて苛立ちが倍増する。
ギィとゆっくり開く門を見ながら思った。
お茶とかお菓子でも出してもらおう。
じゃないと割に合わない。

「あっはっはっ 汗だくじゃないですかぁ」
「汗だくですよ。ああそうですとも。で、話ってなんですか」
「まあ、お座りください」

涼しげに言うメフィストさんにムカッとした。
こっちは苦労したっていうのに。
鍵くらいくれてもいいんじゃないか。
そう思いながらメフィストさんの向かいにあるソファーにドカッと腰を下ろした。
そのソファーが心地好くて、あー、と濁点がつくような唸りをあげた。
じじくさいと言われても無理はないと思う。

「で、一体なんのご用で」
「ああ、簡潔に述べますとね、ちとこさんの帰り方を探していたんですが、この書、読めます?」
「いんえ全く」

渡されたのは古ぼけた本。
ミミズが這うような字。
漢字でもなさそうで、私には記号にしか見えない。
すぐに突き返すとメフィストさんはカラカラと笑うが、その顔はすぐに真面目なものになった。
それに比例して、私にも緊張が走る。
当たり前だ。
私が帰る方法のことを、話してくれているのだから。

「この書はちとこさんを召喚した魔法円が記された書なんですが、どうにも、解読するとこんなことが書かれているんですよ。『この陣は異世界と繋ぐ門である。召喚されし者は永久にこちらに留まり、こちらの世界に何らかの影響を与えるだろう。』触りの部分はこんなところです」
「…ちょっと、待て…。永久って言った?永久に留まるって言った!?」
「ええ、言いました」

そんな。
グラリと視界が歪む。
その文章が本当なら、私はもう二度と帰れないってことになるんじゃないだろうか。
ていうか、うん、絶対に、そう。

「じゃ、じゃあ私は…」
「可能性はゼロじゃないかもしれませんし、とりあえずこれからも最善は尽くしましょう。でも、あまり期待しないほうがいい。望みは捨ててください」
「そ、んな…」

私には、家族がいる。
友達がいる。仲間がいる。
帰る場所だってあるし、
生活だって、ある。
それなのに、帰れない?
別に、この世界が嫌いっていうわけじゃない。
むしろ楽しいって、そう思ってるくらいだもの。
私に懐いている小さな悪魔がいて、メフィストさんがいて、ネイガウスさんがいる。
不満なんて、そりゃパシられはするけど楽しくやってるんだ。
でも、でもね、

「泣いても、事実は事実だ。こればかりは、私にはどうしようもないので」
「わかって、ます…っ、でも…、とっても…、すごく…かなしい、んで、す」

あの生活に戻れないことが、寂しくて苦しくて、悲しい。
楽しかった、毎日が、消えてしまうなんて。
私は別に泣きたくて泣いているわけじゃない。泣いてもメフィストさんが迷惑なのは分かってる。
でも、悲しいものは悲しい。
出てくるものは、出てくるのだ。

「すみません…泣くのは、今回だけにしますから…」

だから、泣いてもいいですか?
そう言うと、メフィストはどうぞ。と静かに言うと、私の隣に座った。
頭を撫でられ、たくさん泣いてくださいと囁くような言葉に、涙はたくさん溢れ出た。

涙が涸れるまで、あとなんリットル流せばいいんだろう。



「ネイガウスさん。私は、世界に捨てられちゃったのかも…ね」