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「奥村燐とは関わるな」
「え?奥村くん?」

自分の部屋で合宿のための荷造りをしていたら珍しくネイガウスさんが部屋に来て、突然こんなことを言い出した。

「奥村くんが、どうしたの?」
「いいから、関わるな。絶対にだ。後からお前が後悔することになるぞ」
「…?う、ん…?」

了承したのか微妙な返事をすれば、ネイガウスは多少納得のいってなさそうな顔をしながら部屋を出ていった。
一体なんだったんだろう。
奥村燐とは関わるな。
確かに最近、よく話したりはしているけど…

「まあ、いいか」

よくわかんないし。
私は特に何も考えることなくまた荷造りを再開した。
だって分からなかったんだ。
ネイガウスさんの言葉の意味が。
なぜ、奥村くんがということも。

だから、この時なんてまだ、あんなことになるなんて、全然、微塵も思っちゃいなかった。


「おはよーございまー…す」

合宿所は高等部男子寮旧館。
まるで幽霊ホテルのようなその建て物は、朝でも気味悪さが拭えていない。
神木さんがもうちょっとマシなとこないの?と後ろで言っているが、私も賛同する。
もうちょっとマシなとこなかったのかな。
寮について、各部屋に行き荷物を下ろせば高校生組は学校へ登校。
私はいつものように特にすることもないから、ネイガウスさんに勉強を叩き込まれるかパシられるか買い物行くかで塾までの間の時間を潰すことにした。
が、気が付くと光っていた携帯電話。
メールが届いているようで、なんだろうと開くと、相手はメフィストさんだった。
大体メフィストさんが連絡よこす時は暇な時かパシリたい時で、私は内容を見る前にため息をついた。
そして内容を見てもため息をついた。
どうやら、買ってきてほしいものがあるらしい。
学園外で。
めんどくさっ!とかなんとか思いながら逆らえないのがなんとも悔しい。
私はそのままパシられるべく駅まで歩を進めた。


「おーちとこ」

買い物(パシリ)も終わり、そこそこ勉強もしてそろそろ時間なので教室に向かっていると、奥村くんにばったりと会ってしまった。
ネイガウスさんに昨日言われたことを思い出す。
奥村くんとは関わるな。
いや、そうは言っても、いくらネイガウスさんが言ったからって、それは、やっぱ無理だろ。
話し掛けられた以上関わらないようにすることもできずにお疲れ様と手を振る。
別に悪い子じゃないのに。ネイガウスさん、奥村くんのこと嫌いなのかな。なんか目が怖かったもん。
ついでに言うとなんか今日ネイガウスさん仕事かなんかでいなかったし。
ちょー寂しかったわ。

「合宿初日は確か…ずっとテストだったよね」
「げ。そ、そうだっけ」
「うん。頑張ろうね」
「う…、ああ…。がんばろー、な」

すっごい嫌そうな顔して奥村くんは早くもふらふらになりながら教室へ向かっていった。
今日の授業終わる頃にはどんなことになってるんだろう。
それはちょっと気になるな。なんて考えながら私も教室へと向かう。
でもなんか、ネイガウスさんの言葉が頭にひっかかる。
なんか嫌な予感する。
ネイガウスさんに、会ってないからかな。なわけないかあ。

「…はい、終了。プリントを裏にして回してください」

プリントを翻して、前へと回す。
やっと終わった。
ぐっと背を伸ばすと固まっていた関節が音をたてた。
この開放感さいこーだよね。
早いとこ風呂入って餌やって寝るか。
別にみんなとは夜は長いぜーって仲でもないしな。
こういう時友達いないとつまんないよね。
一人でしみじみと思う。
みんな枕投げとかやんのかな。

「明日は6時起床。登校するまでの1時間答案の質疑応答やります」

じゃあ明日は二度寝できるなあ、なんて。
お風呂お風呂ときゃいきゃいはしゃぐ女の子たちをぼーっと見ながら私も部屋戻ろう。と腰をあげた。

「……。」

と同時に、においがした。
香りとかじゃなくて、なんかにおう。
でもそれもすぐにそんなに気になら無くなって、気のせいかな。と辺りを見渡した。すると、

「小川さんはお風呂いかれへんの?」
「はあ」

にっこにこ顔の、志摩くんがいつの間にか目の前にいた。

「志摩!お前いい加減にせぇよ!」
「だって女の子がみんなでお風呂って可愛いやないですか…!」
「真顔で言うなエロ魔神!」

いやあ、志摩くん、本当女の子好きだよなあ。
恥ずかしげもなく風呂のこと聞くなんて。
微妙に感心しながら「じゃあ入ろうかな」と笑って言う。
そう言うと「ほんまに!?」と志摩くんが嬉しそうに言うけど、何が嬉しいのはイマイチよく分からない。
まさかあんた覗く気かよ。
苦笑して勝呂くんや三輪くんを見ると申し訳なさそうに二人は手をそえていた。
苦労するね。二人も。
そうして私は部屋から出ようとしたのだけど、

「「きゃああああ!!!」」

叫び声が聞こえた。
女の子のもの。
神木さんと、朴さんのもの。

「この声は…」
「私見てきます!」

多分、お風呂場だろう。
私はすぐに駆け出した。
私が行っても到底役には立たないだろうけど、いないよりマシってやつ。
私に続いて奥村先生も来てるから、先生がいれば大丈夫なはず。
脚はそんなに速くないから当然先生には抜かれてしまったけど、それでも私はこれ以上ないってくらい走った。
そして、お風呂場について私が目にしたのは…

「……ネイガウスさん?」

ガラスが散乱したお風呂と、ケガをした朴さんと奥村くんの姿。
そして、上の小さな窓から逃げていく、悪魔。
あれって、
何だか感じたことのあるあの悪魔の気配に、私は強く自分の手を握りしめた。
におうにおうと思ってはいたけど、

「…………なんで?」

私には分かる。
あれ、ネイガウスさんの屍だ。