21
「皆さん。少しは反省しましたか」「な…なんで俺らまで」
重々しい空気。
ていうか実際まじで重い。
勝呂くんと神木さんの喧嘩を見た奥村先生が、罰として正座をさせ、すんごい重たい石の悪魔、囀石を膝の上に置かせているのだ。
もちろん、喧嘩に無関係の私たちも。
連帯責任、というやつらしい。
「この合宿の目的は"学力強化"ともう一つ"塾生同士の交遊を深める"っていうのもあるんですよ」
「こんな奴らと馴れ合いなんてゴメンよ…!」
「コイツ…!」
この状況下でまた喧嘩しそうになる二人を見て小さくため息をついた。
やめてくれ。これ以上のとばっちりはごめんだ。
「馴れ合ってもらわなければ困る。祓魔師は一人では闘えない!お互いの特性を活かし欠点は補い、二人以上の班で闘うのが基本です。実戦になれば戦闘中の仲間割れはこんな罰とは比べものにならない連帯責任を負わされる事になる。……そこをよく考えてください」
神木さんはようやく口をつぐんだ。
ここまで言われてまだ言い返す言葉があったら驚きもんだけど。逆に尊敬してしまいそうだ。
何も言わなくなった神木さんを見て、奥村先生は時計に目をやる。
どうやら小さな任務があるようで、それは昨日の屍の件も関係しているようで、
奥村先生たら、この状態で私たちを置いていきやがった。
それはもういい笑顔で。
三時間もこの状態は、私たちに脚を壊せと言ってるようなもんだ。
「三時間…!鬼か…!?」
「う…」
「もう限界や……お前とあの先生ほんま血ィつなごうとるんか」
「…ほ…本当はいい奴なんだ…きっとそうだ」
きっとて。奥村先生はいい人だよ。荷物持ってくれたし。
そう思いながら石を撫でる。
そしたら、石が軽くなった気がした。
気がしたというか完全に軽くなった。
なんでだろうと不思議に思っているとまた神木さんと勝呂くんの言い争う声が聞こえてきて、そろそろ怒ってやろうかな、なんてそっちを睨みつける。
すると、
「!?」
「ぎゃああ!」
「あだっ ちょ…どこ…」
「何だッ!?」
急に明かりが消えた。
突然で全然目が見えなくて、怖さもあって心臓がバクバクと動き出す。
志摩くんが携帯を開いて、その明かりで辛うじて周りが見えるようになり、他のみんなも携帯を取り出した。
私も半歩遅れて携帯を開く。
心臓は、鳴りやまない。
「あ…あの先生電気まで消していきはったんか!?」
「まさかそんな…」
「停電…!?」
外を確認するが窓の外は明かりがついているからブレーカーでも落ちたんだろうか。
志摩くんが廊下に出ようとするけど、なんか、やばい気がした。
根拠はないけど、なんかやばい。
なんか、におう。
「志摩くん!」
「小川さん」
どうされはったん?
とワクワク顔でいう志摩くんには申し訳ないけど志摩くんの腕を掴みすぐにドアから離す。
「いる!」
「へ?」
そう言った瞬間、ドアが壊れた。
ものすごい音をたててドアを突き破ったのは、
「昨日の屍…!!」
ネイガウスさんの屍だった。
どうしてなんでここに。
わけのわからないネイガウスさんにふつふつと怒りを感じるものの今はどうやら考えている時間はないらしい。
ボンッと屍がはじけて、体液が体中にかかる。
杜山さんが使い魔を使って木のバリケードのようなものを出してなんとか時間は稼げそうだけど、屍はもう1体増えて、体液を被ったからなんだか熱いし気持ちが悪い。
状況的には、なんにもいい方向にはいってないってことだ。
「なんとか…杜山さんのおかげで助かったけど…杜山さんの体力尽きたらこの木のバリケードも消える…。そうなったら最後や」
そう、最後。
奥村くんが先生に電話をしてみるけど繋がらないらしく、暗闇だということもあって屍は活発してるからどんどんすごい勢いで木を破ってきている。
「ど、どうするよ!」
どうするもこうするも。どうにかするしかないでしょ。
とは言っても策なんて見付からない。
しかも私なんて実戦経験ないから、こういうときどうしたらいいかなんて…
「二匹か…!俺が外に出て囮になる」
「!?」
「二匹ともうまく俺について来たら何とか逃げろ。…ついて来なかったらどうにか助けを呼べねーか明るくできねーかとかやってみるわ」
「はァ!?何言うとるん!?」
「……バ…バカ!?」
「ちょ、奥村くん本気!?全然かっこよくないよ!」
本気でバカげたことを言いはじめた奥村くんを心配して言ったのに、なんだと!?と怒られてしまった。
こっちは危ないって言ってやってんるだのに。
「俺のことは気にすんな。そこそこ強えーから」
「バッおいッ!奥村!!戻ってこい!!」
みんなを無視して奥村くんは行ってしまった。
なんて奴。まだ一匹残ってるけどね!
「ああもう!奥村くんは知らん!!ちょっと勝呂くん!」
「えッあ…な、なんや!」
「ヨハネ伝福音書!暗記してる!?」
「暗記しとるけど……、ッ!」
勝呂くんは私の言いたいことがわかったらしい。
私の目を見遣り、彼は頷いた。
「詠唱で倒す!!」
「!!?坊…でもアイツの致死節知らんでしょ!?」
「…知らんけど屍系の悪魔はヨハネ伝福音書に致死節が集中しとる。俺はもう丸暗記しとるから…全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」
そう。もうそれに賭けるしかない。
だってあの屍相手に素手で向かっても無謀どころじゃないし、山田くんと宝くんは完全傍観組だし、杜山さんが苦しんでるんだ。何もしないわけには、いかない。
と言っても私は何もできないんだけどね…!
「全部?二十章以上はありますよ!?」
「…二十一章です…」
「子猫さん!」
「僕は一章から十章までは暗記してます。…手伝わせて下さい」
「子猫丸!頼むわ…!!」
さすが勝呂くんに三輪くん。
坊主やってて詠唱騎士目指しているだけある。
あれ私はどうなの?って話だけど暗記は出来てないだけなんだと言い訳してみる。
「ちょっと、ま、待ちなさいよ!詠唱始めたら集中的に狙われるわよ!」
「言うてる場合か!女こないなっとって、男がボケェーッとしとられへんやろ!」
さすが勝呂くん男前。
志摩くんもなんか、仏教で使う棒…?のようなものを仕込んでいたらしく援護すると言った。
神木さんが弱気なことを言っているけどそれも、みんなを心配してるからだと思う。慎重は重要なことだけど、今は助かることを最優先にしないと。
「神木さん、強いんだから、がんばろう」
私と違って。
そう言うと神木さんはくしゃりと顔を歪めた。
不安なのはみんな同じ。
さあ、屍は目の前だ。