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「で、なんの用でしょーね。メフィストさん」

点滴を打ち終えた私は、メフィストさんの言うとおりにメフィストさんのもとを訪れた。
今回はカギがあったから楽ちゃ楽だったけど、すごく面倒だ。
メフィストさんはいらっしゃいと機嫌よく私に紅茶を出してくれた。
シナモンの香りがする。

「まあ、率直に言うとですね、今回の審査を見て思ったんですが…」
「…はい」
「ちとこさん。あなたってとんでもない方ですね」
「……はあ?」

いきなり何を言い出すかと思えば。
出された茶菓子に伸ばしていた手を思わずピタリと止める。
まじで、ついに頭おかしくなったかと思った。

「自覚あります?ありませんね」
「何の話をしてるか、さっぱりです」

でしょうねえ。とメフィストさんはくつくつと笑った。
笑ってないで説明をしてくれ。
私はそう目で促すけど、メフィストはまだ笑いながらどう説明しましょうかねえと勿体振る。
ネイガウスさんのこともあり、妙にイラついた私は小刻みに貧乏揺すりをした。

「簡単に言えば…超手騎士体質…みたいな…」
「…?もうちょっと分かりやすく」
「恐らくちとこさんは、ほぼ全ての悪魔を自分の手駒にできます」
「……。」
「……。」

しばしの沈黙が流れた。
私が完全にフリーズしたのを悟ったのか、メフィストさんは小さくため息をつく。

「本当ですよ?」
「……そんなばかなあ!」

やっと意識を戻して、ブハハハハと笑って茶菓子を口にほうり込む。
そんな有り得ない話をされても、笑うしかないじゃん。
私がほぼ全ての悪魔を手駒にできる?ハッ、ありえねー。

「笑い事では、ないのです」
「は…」

気が付くと、メフィストさんの顔が目の前にあった。
思わず頭を後退させる。だけど、それはメフィストさんの手によって阻止されてしまった。
私とメフィストさんの距離。目測で約10センチメートル。

「そうと分かった以上、あなたには祓魔師に、武器になっていただきます」
「武器…?」
「サタンを倒す、武器に…」

サタン。
虚無界の神、魔神。
悪魔たちの創造主と言われていて、物質界にはその強大すぎる力ゆえにサタンの憑依に絶えれる物質が存在しないとか。
そんな、とんでもない奴を倒す武器になる?…私が?

「あはは、そんな、ばかな」
「笑い事ではないと…」

言ったでしょう?
そう言われると同時にくっつけられた額と額。
極限まで近付いたその顔に、私は体を強張らせた。

「あなたは必要な存在だ。この世界にとって、不可欠だ」
「…ひつ、よ、う…」
「あなたを捨てた世界のことは、忘れてしまえばいい」

私を、捨てた、世界
私を、必要としてくれる、場所
それは甘い甘い誘惑で、私はそれを理解していた。
だから頷きはしなかった。
だけど否定することもなかった。
もういいんだ、私にはネイガウスさんが、いてくれるじゃないか。
そう思って、私は服の裾をぎゅっと握りしめる。

「それでネイガウスさんの役に立てるってなら、願ったり叶ったり、です」
「…ほう」

メフィストさんはくつりと笑うと私からすっと離れていった。
なんて心臓に悪い奴なんだ。悟られないように、心の中で密かに思った。

「なら、早く行った方がいい」
「え?」
「早くしなければ、死んでしまうかもしれませんよ…?」

嫌な笑顔を浮かべたメフィストさんに次の瞬間、私が感じたのはあの、前にも感じた嫌な"におい"
まさか、あの人が…
思い出すのは昨日のお風呂場での出来事と、さっきの屍のことや、
ネイガウスさんの、あの言葉。
ネイガウスさんの、あの、表情。

奥村燐とは関わるな。
青い夜。
失うのは、もう充分だ。

嫌な予感、なんてもんじゃない。
私は急いで立ち上がるとメフィストさんに頭を下げ、合宿所まで向かった。
やっと着いたと思い、古い旧男子寮を見上げれば、その屋上にはネイガウスさんの、一番大きな屍番犬が姿を現していて、胸が大きく唸る。

「な、んで…!」

屋上を目指して全速力で階段を駆け上がっていく。
もらっているカギの中でこの寮に一番近いところから死に物狂いで走ってきたから体力はほとんど切れていたけど、それでも私は決死の思いで階段を上がっていった。

「ほんと、バカ…!」

そんな体力の中、悪態をつくことだけは、忘れずに。