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「コンニチハ、ハジメマシテ」
「こ、こんにちは。初めまして…」

ある日、私は突然メフィストさんにお呼ばれしたので指定の場所まで行くことになっていた。
行ってみたらなんかネイガウスさんもいて、怠い暑さも幾分か緩和された気がするけど、そこにはもう一人、私の知らない男の人がいた。
なんか、雰囲気がとっても怖い。
メフィストさんが若くなって陰険になった感じって言えばいいのかな。なんか雰囲気まじで怖かったから挨拶もそこそこにネイガウスさんの隣へ避難させていただいた。

「あ、あの…こちらは…?」
「ボクはアマイモンといいます」
「……地の王…?」
「アタリです」

ボクは貴方のこと知っていますよ。小川ちとこサン。
ガリリ、と噛まれた棒付き飴。
それがまた怖く見えて、知らず知らずの内にネイガウスさんの服を掴みながらくっついていた。
しかもこの人はアマイモン、地の王だと名乗った。
まさかの大物だよ何これリアル?
なにこれもう怖い。

「ふーん…貴方が…」

そしたらなんか見定めるように見られてすごく居心地が悪い。
なんで私はこんな悪魔の王様と対面してるんだろう。
謎すぎるよメフィストさん。一体何が目的なんですか。

「ちょっとこっちに来て下さい」
「え…」

こいこいと手招きをされ、思わず顔が引き攣った。
出来れば行きたくない。
だってこの人怖いしメフィストさんなんかずっとニマニマしてるしネイガウスさんは無表情だしなにこれどんな状況だよ。
夏なのに冷や汗垂れちゃうよたらり。

「来ないならボクが行きま…」
「いいいや、いいですいいです行きますから」

本当にこっちに来そうな勢いだったからすぐにネイガウスさんから離れてその人のところまで歩いていった。
変態くさいけどネイガウスさんの匂いが遠くなっていく。ちょー不安だ。
ちょっと手ぇ震えてるんだわ。

「な、んで、しょ…、」
「いいにおいがする」

突然、アマイモンさんは私に顔を近付けた。
すんすんと、耳元で息の吸う音が聞こえる。
…いや、ちょっと、待て。
ちょっと待て!!

「ぎゃああああ!!」
「うわっ」

私は気がついたら思いっ切りアマイモンさんを突き飛ばしてしまっていた。
少しよろけただけでコケはしなかったものの、私はその隙にネイガウスさんのもとへと避難する。
嗅がれた。嗅ぎやがったこいつ!
顔が熱いわ!なんで首なんて嗅ぐんだよこいつ!

「…なんで逃げるんですか」
「逃げますよいきなりなんなわけ!?」
「美味しそうなにおいがしたもので」
「ぎゃあああ!!ネイガウスさんネイガウスさん助けてネイガウスさん!!」
「少し静かにしろ…」

はい。すみません。
そう言って口は閉じてみるものの、心臓はまだバクバクいってるし鳥肌は立つしそのくせ顔は熱いからすっごい気分悪い。
泣きそうになりながらメフィストさんを睨みつけてやる。アマイモンさんなんてもう視界に入れたくない。

「いやあ、驚かせてすみません!」
「すっげぇ楽しそうな顔してますよ」
「ほらアマイモン謝りなさい」
「ボク悪いことしてませんよ?」
「うちの弟がすみませんねぇ」

弟…、兄弟かよ道理で似てるよ!
もうそっくりだよとんでもない兄弟だよほんと!

「…って、弟?」
「はい」
「……てことはメフィストさんって悪魔なんですか!?」
「あれ?言いませんでした?」
「言いましたけど…」

冗談かと思った。
パチパチと瞬きをしながらそんな目でネイガウスさんを見上げると、ハア、とため息をつかれてポンと頭に手を置かれた。
うわあ嬉しい…じゃなくて、なんで地の王がここにいるかと思ったら、そういうことか。

「なんでいいにおいがするんだろう」
「え…知りませんよ」
「貴方からは、甘いお菓子みたいなにおいがします」
「…。」

首を捻るアマイモンさんに、私はもしかして、とポケットの中に入ってあるソレに手を触れる。
甘いにおいの原因。それは、

「これのせい、ですかね…?」
「……ぼうろ?」

なんですか?それ。
そう言うアマイモンさんにどうぞとボーロを投げ渡す(近付けない)
アマイモンさんはそれを華麗に受け止めてすぐにその袋を破いた。
ベビーボーロなんだけど、大丈夫なんだろうか。

「…!」

ボーロを口に入れた瞬間、アマイモンさんの動きが止まった。
小さくバリ、と噛む音が聞こえたけどそれも一瞬でもう聞こえない。
どうしたんだろうと不思議に思っていたらもう一粒。もう一粒とアマイモンさんはゆっくり、だけどどんどんボーロを口に運んでいった。

「ど、どうで、しょー…か…」
「…………。」
「あ、アマイモンさん…?」

大丈夫ですか?
と問おうとして、私はアマイモンさんの異変に気がついてしまった。
ほんの少しだけ、紅潮した頬。
見開かれた大きな目。
じっくりとボーロを味わうその姿。

「……もう一袋ありますよ」
「ください」

この悪魔も、すっかりボーロの虜のようです。
意外と可愛いかも。