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アマイモンさんがちょうど2袋目のボーロを食べ終わったあと、外から猛獣の唸り声のようなものが聞こえた。
ハッと外を見てみると、すごく大きな猫が南裏門の前で暴れているのが小さく見えた。
ちょうどいいと言わんばかりにカギを取り出したメフィストさんが「もう少し見やすい場所まで移動しましょう」と扉を開けた。
扉の先は南裏門のちょうど正面で、あの大きな猫がずっと大きく、ずっと狂暴そうに見える。
椅子に腰をかけた悪魔二人組は悠々とその光景を眺め始めていて、私は後ろでネイガウスさんと一緒に壁にもたれることにした。

「ネイガウスさん、あれは?」
「猫又。前聖騎士の使い魔で南裏門の門番をしている」
「ケット・シー…。前聖騎士は…確かつい最近亡くなったんだっけ」
「そうなんです。主人を失った使い魔はただの悪魔に逆戻り、というわけですね」
「あの猫又は処分されるの?」
「そうだ。主人がいない上暴れたとなったら、殺さざるを得ない」
「……。」

殺されて、しまうのか。
そう思ったら胸がもやもやしてきた。
殺すことなんてないんじゃないの。そうは思うけど、人を襲ったってなったら、それはもう殺すには十分すぎる理由だ。
猫又は次々と麻酔弾を撃たれていく。
それでも動きが鈍くなる程度で回復も早いらしく、ずっと暴れている。
聖水も効果がないみたいで、祓魔師たちも苦戦しているようだ。

「…悪魔からしたら、私たちってなんなんだろう…」

知らない間に零していた言葉。すぐに口を塞ぐけど3人にしっかり聞こえていたみたいで、ネイガウスさん、メフィストさん、アマイモンさんが驚いたようにこちらを見た。

「それは、どういう意味ですか?」
「い、いや…悪魔からしたら祓魔師も悪魔みたいな存在なのかな、って」
「抽象的だな」
「え…あの、つまり、悪魔を祓うという行為は、悪魔から見たら襲われるってことになるんだろうなあ…って…」

思ったんです、けど。
そう続けて、恐る恐るネイガウスさんに視線をむければ前の方からカラカラと笑う声が聞こえてきた。
言わずもがな、メフィストさんのもので、笑われていい気のしない私はじとりとメフィストさんを睨むように見る。
そんな私を見て、メフィストさんは今度は嘲るように、ハッ笑った。

「甘いですね」
「な…」
「そんなボーロのように甘ったるい思考は捨てたほうがいい。自分が痛い目に遭いますよ?」
「…そんなこと言われても」

仕方ないじゃん。
聞こえないように呟き、口を尖らせるとネイガウスに頭を小突かれてしまった。ネイガウスさんには、聞こえてたみたいだ。
はっきり言えなかったのは、ちょっとメフィストさんが怖かったから。とかじゃ、ないもん、ね。

「痛いよネイガウスさん…」
「フェレス卿の言う通りだ。悪魔を祓う度にそんなことを考えるつもりか」
「……。」

返す言葉もなかった。
その通りだった。祓魔師になるなら、そんなこと考えてられないんだ。
なんとなく悔しくて、唇を噛む。

「あ、来ましたよ兄上」

そうしたら、アマイモンさんがマイペースに外を指差した。
自然と私の視線も外へ向かい、アマイモンさんが指差す場所を辿っていく。

「奥村先生と…奥村くん…?」

そこにいたのは奥村先生と奥村くんだった。
大方、あの猫又の処分を任された奥村先生に奥村くんがついて行っちゃったとか、そういうあたりが妥当じゃないだろうか。
状況が、そんな感じだし。

「やっぱ、殺すのかな…」
「さあ、どうですかね」

奥村くんだって、悪魔なのに。
そんなことを思いながら、私はその光景を眺めることにした。
暴れる猫又に、成す術無しの祓魔師。
だけど奥村先生が取り出したものを見て、祓魔師たちは安堵の表情を浮かべた。
なんか、むかむかする。
なんでこんなにむかむかするんだろうってくらい、する。
奥村くんも、あの猫又は処分するべきだって、そう思ってるのかな。
そうやって、少し軽蔑したように、だけどぼんやりと奥村くんたちを見ていた。

「…あれ?」

そしたら、いつの間にか、本当にいつの間にか、事は終わっていた。
メフィストさんやアマイモンさんの辺りまで行くとまた違ったかもしれないけど、ここからじゃよく見えなくて、どうしてかは分からないけどあの猫又はすっかり小さくなってしまい、私の場所からは確認できなくなっていた。
何が起こったんだろう。
首を捻っても、答えは出てこない。

「どうだ?奥村燐は」
「どうだといわれましても…まともに戦っていませんので…つまり判断できません」
「そうなのだ奴め、始終この調子なのだ。腹の立つ事この上ない」

一体アマイモンさんとメフィストさんは何の話をしているんだ。
そして一体何が起こったんだ。
どうやら分かってないのは私だけみたいで、妙な疎外感を感じながら相変わらず無表情なネイガウスさんにぽかんとした顔…つまり阿保面かまして説明を促してみた。

「…あの猫又は、殺されずに済んだということだ」
「え!すごいなんで!?」

私が知るか。とそっぽを向かれてしまったけどネイガウスさんと真逆に私はテンションが上がっくる。
きっと奥村くんが何かやったんだ。
あの猫又、殺されないんだ。
さすが、さすが奥村くん。綺麗な心の持ち主なだけある。
よかったなあ猫又クン!なんて意味なく感動もしてみた。

「…じゃあちとこ、行きましょう」
「ん?」
「お前に無限の鍵を持たせたのは観光をするためじゃないぞ」
「ハイではまた後で」
「いやいやいや待ってください何で私はアマイモンさんに手を引かれているんですか」

テンション右肩上がりなのもそこそこに、私は何故かアマイモンさんに手を引かれていた。
ていうかいつの間に。気がつけばもう扉まで引きずられていて、私はすぐに足を踏ん張らせる。
どうしたんですか?といわれましても、あんたがどうしたんですかって感じだ。

「初任務。ボク、アマイモンくんと堂々日本観光巡り、です」
「え、そんなの聞いてません」
「報酬は弾みますよ」
「行きましょう」
「現金ですね」

お金は大事ですよ。心の中で思いながら、じゃあネイガウスさん、あまり遅くならない内に帰りますね!お金のために!と笑顔で手を振った。
ネイガウスさんはシッシッと追い払うように手でやったけどこれは『気をつけて行って来い』の意だと私は信じてる。
どうせ観光行くならお土産でも買って帰ろうとか呑気なことを考えた。

「ちとこもああいう服を着たらどうですか?」
「メイド服なんて着ません」