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「ぜっぜはっ…ひ、…お、奥村せん、せいっ…はやっ」

奥村先生の後を追い掛けた私だったけど、奥村先生と同じ速さ、以下のスピードで全力疾走していた運動不足な私の体力は、すぐに底を尽きた。
ていうかあの人!こんな暑さの中あんな分厚いコート着て走ったりなんかりして暑くないのかっ!!
横で魍魎ズが応援してくれてるのか、わいわい騒いでるからちょっと頑張ろうって気になるけど、ああ、だめだ。だんだん『早くボーロくれよ!!』って幻聴に聞こえてきた。

「もっ、むり……、ッイギャア!!」
「ドウモ」

足がもつれそうになって、ちょっと立ち止まろうとすると、目の前にスタッと影が降りてきた。
驚きのあまり変な声をあげてしまい、そのまま足がぐらついて私は尻餅をついてしまう。
目の前に降ってきたのは、黒くて少し不気味なあの人、アマイモンさんだった。

「大丈夫ですか?」
「あ、あまっ、アマイモンさん!」
「ハイ、なんでしょう」
「あんた何やってんですか!!」

何。なにって、ボクは遊びに来ただけですよ。奥村燐"と"。
あっけらかんと言いやがるアマイモンさんに、ため息も出ず、口を閉じることも出来ず、ただ呆然と視線を送る。
奥村くんとって。何やったのかがちょっと想像できてしまって、私は思い切り顔をしかめた。

「…飽きたんで?」
「うーん、今回はとりあえずお開きにします」
「ああ、そう」

お開きって、一人で遊んでたくせに何言ってんだか。
心の中で呟いてると、私の前に、アマイモンさんの手がスッと伸びてきた。
パチリ。私は目を瞬かせる。

「立たせてくれるんですか」
「え?あー……………。どうぞ」
「違うんですね。ならいいです」

なんだってんだこいつは。
さっきの間がすごくむかつくぞ。
絶対に私の言ったことが自分と一致しなかったんだ。
子どもが拗ねる時にするように、軽く下唇を突き出して私はアマイモンさんの手を取らずに立ち上がった。
スカートについた土を払っていると別に手を取ってくれてもよかったのに、なんて声が聞こえたけど、あんだけ分かりやすく反応されて手を取れるほど私は素直じゃないんだぜ。

「ボーロならありませんよ」
「でも匂いがします」
「これはあなたの分ではありません。普通に売ってるから買ったらどうですか」
「買いましたよ」
「ならいいじゃないですか」
「でもちとこがくれるやつがおいしいんですよ」
「はあ」

なんででしょーね?なんて首を傾げられても困る。
私が知るわけないじゃない。
ため息をついて、じゃあ一緒に買いに行きましょう。と言うとアマイモンさんは「わーい」なんて言いながら両手をあげた。
ちっさな子どもみたい。なんて思った私は別に悪くないと思う。

「…今回のこと、メフィストさんにたっぷり怒られればいいんですよ」
「ボクは遊んでいただけです」
「すごい遊びですね。もう二度としないでください」
「考えておきます。それよりもお腹が空きました」
「どうでもいいですけど、早く隠れた方がいいと思いますよ」
「そうでした。ではまた後で」

また後も会わなくちゃならんのか。
すごい速さで姿を消したアマイモンさんが、もうどこにも見えなくなったのを確認して私は一先ず集合場所に行くことにした。
そしたら、もうみんな揃っているようで、さっきのことでちょっと困惑しているようだった。
私も見たわけじゃないから、何があったかは大体予想はできるけど知らないふりをしておいた。
一応、我が身のために。
そうしたら、先生たちや杜山さんが来て、私たちに帰るように指示をする。そんな後ろから、奥村くんが、知らない女の人に抱えられて?やってきて、私たちの横を通り過ぎる。
一体何があったんだ?
あの女の人は誰?
様々な疑問が飛び交った。
そんな中、私はただじっとその人と奥村くんを見ていて、そうしていると、その女の人とバチリと目があった。

「……。」

言葉はないものの、キツイ視線を送られてしまう。
私はわけが分からなくてポカンとただそれを眺めるように受けとっていたんだけど、でも、すぐに私、何かしたっけ?と不安が募ってきた。
意味がわかんない。
一応巻き込まれているのに、私たちには一切の説明がないあたりが、一番意味が分からない。
ああもう。みんな何なんだ。
それに、これからアマイモンさんと買い物か。そう思ったら、吐きそうなくらいすぐに帰りたくなった。
本当に疲れた。
ネイガウスさんのおっきいベッドを占領して眠りたい気分だ。
私がネイガウスさん家で寝る時はいっつもソファー行きだけど。

「はあ…」

ため息が、もう癖になってる。ネイガウスさんには子守唄を歌ってもらおう。