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「おー。カレーのいい匂いー」
「ちとこ!」
「小川さん、目ぇ覚めたんや!大丈夫?」
「もう平気。みんな迷惑かけてごめんね」

外は真っ暗で、みんなは円になってカレーを食べていた。
いい匂いが鼻を霞める。
そう言えば昼から何も食べてないなあなんて思いながら、お腹をさすると奥村くんが「ちとこも食えよ!」と隣をポンポンと叩いたので私もお邪魔することにした。
ていうか先生お酒飲んでるんだけど大丈夫なのかな。
少しだけ心配…というか不安になったけど、三輪くんが私にカレーを渡してくれてそのカレーを食べた瞬間、そんな思考はすぐにどこかに飛んでいった。

「おいしい!」

そのカレーは、普通に店のメニューにできるんじゃないのってくらい、すごくおいしいものだった。
もしかしたら店のカレーよりも美味しいかもしれない。
え?なにこれ。自家製ルーなのか?
普通のこくこくカレーとかのルーなのか?
うわ、それには思えないな。

「俺が作ったんだぜ!」
「奥村くんが!?意外!」
「意外とはっきり言いはるんやね、小川さん」

三輪くんにそう言われてしまったけど別に悪いような意味で言ったつもりなんてない。…て言えば嘘になるのかな。それでも、うん。奥村くんが料理上手だなんて、思いもしなかった。

「へえ…おいしいなあ」

市販のルーでこんだけおいしいカレーが作れるなんて、私もこれくらい料理が上手なら、
…ネイガウスさんにもっと喜んでもらえるのかな、なんて。
私なんて、教本通りの料理を作れるくらいだし。
レパートリーだって増やしたいし。

「なんか悔しいから私も料理頑張ろっかな!」
「あれ、小川さん自炊なん?」
「うん!」
「へぇ、偉いなあ」

まあ、嫌いじゃないから。
そう言いながらカレーをまた一口、二口。
だいたい私が料理する理由なんて、ネイガウスさんが食べてくれるからとか、そういうのだし。
そして、ふと思った。
今、ネイガウスさん、一人でご飯食べてんのかな。

「…、」
「小川さん?」
「なんでもないよ」

にっこりと笑うけど、実はなんだかホームシックになってきていた。
そんなこと誰にも言えるもんか。
気付かれないように、私はにこにこと笑いながらカレーをひたすら食べる。
ネイガウスさんに会いたいわ。
こんなおいしいカレー。ネイガウスさんにも食べてもらいたいよ。
…はは、私、ちゃんと自立できんのかな。

「しえみー」
「わ、どうしたのちとこ…」
「お家帰りたい…」
「え!」

私はカレーやサラダをもう満腹食べ終わったというのに、しえみはまだちまちまと食べていて、そんなしえみの背中に、私はもたれかかった。
しえみの優しい声が、ちょっとだけ寂しい気持ちを緩和させてくれる。

「まだ初日ですよ」
「だって先生」
「おー小川小川ー!寂しい時はこれを飲め!にゃはははは!」
「えっ、うわ、霧隠先生」

そしたら今度は私の背中に重みがのしかかる。
アルコールの臭い。
そしてやけに柔らかい感触。
そして、前後の圧迫感。
ちょ、私食べたばっかりなんだけど!
胃の中のものが逆流しそうなのを堪えてしえみの背中から退くとギラリと後ろの酔っ払いを睨みつける。
それでも笑われるだけなんだけど。

「はーっ苦しかった…」
「ご、ごめんねしえみ…大丈夫?」
「にゃはは!あんたも大丈夫〜?」

大丈夫じゃないよこの姉ちゃんこんちくしょー。
じとりと嫌な視線を送ってやるけどその人には逆効果らしく面白がってるみたいで、余計に笑われてしまう。
な、んかこの人むかつく!

「あんたネイガウスんとこのだろ?」
「…それがなにか」
「へー、あんたが…」

すると今度は品定めするかのように上から下までじろじろ見られて、余計に不愉快な気分になった。
この人一体何がしたいんだろう。

「変なやつだにゃ!」

…あんたに言われたくない!

「あれ。怒った?怒ったあ?」
「怒ってないです!」