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「グルル…オオグアあアッ!!」
「お、奥村くん!だめ!だめだって!」
「…燐!!ちとこ…!?」

ここは、南號灯台か。
そこには奥村先生も、霧隠先生も、しえみも出雲ちゃんも勝呂くんも三輪くんも志摩くんも宝くんも、みんながいた。
そして、知らない人が若干名。
奥村くんの体にしがみついて暴れるのを抑えるのに必死で、誰なのかはちゃんと確認出来なかったけど、外人のように見える。
やっぱり、奥村くんの処分を決めに、来た人たちなのだろうか。

「おや、お久しぶりですねエンジェル。この度は『聖騎士』の称号を賜ったとか。深くおお慶びを申し上げる」

エンジェル、とこの人は言うのか。
聖騎士ということは、この人が今の一番強い祓魔師ってことか…。
まさに聖職者にふさわしい名前だ。なんて思いながら、私は奥村くんの背中をさすったりしていた。
でも奥村くんは全然落ち着かない。
メフィストはわざとかなんなのか、刀を中々鞘に納めてくれないのだ。

「もしそれが…サタンに纏わるものであると判断できた場合、即・排除を容認する。…シュラ、この青い炎を噴く獣は、サタンに纏わるものであると思わないか?」

即・排除を容認する。
その言葉に、ドキリと心臓が脈うった。
排除、ということは、奥村くんは、殺されることになるのか…?
ぐるぐると最悪の結果が頭を駆け巡る。
そうしたらメフィストさんがやっと刀を鞘に納めたんだろう、さっきまで暴れまくってた奥村くんが急に大人しくなり気を失ったのか、全体重が私にのしかかってきて、重さに耐えれなかった私は奥村くん共々倒れこんでしまった。

「大丈夫ですか?」
「一応」

と言っておくべきかな。
正直、近くで戦いを見たり止めたり、奥村くんを抑えていたおかげで軽いながらも火傷だらけだ。
痛いのなんの。痕になったらショックすぎる。
すぐに手当てしてもらいましょう。
そう、メフィストさんが手を差し出してきたので立たせてもらう。
奥村くんも気絶しているなりに起こしてもらっていた。

「メフィスト…とうとう尻尾を出したな。お前の背信行為は三賢者まで筒抜けだ。この一件が決定的な証拠となった」
「…私は尻尾など出してませんよ。紳士に向かって失敬な」

どこが紳士だ。
なんて思っていると奥村くんが目を覚ました。
こそこそと何かを話しているようだけど、私には聞こえない。
そしたら、

「正十字騎士團最高顧問三賢者の命において、サタンの胤裔は誅滅する」

一瞬とか、刹那って、こういうのを言うんだと思った。
灯台の屋根に登っていたはずの聖騎士…エンジェルはいつの間にか、大きな剣で奥村くんの首をとらえていた。
かと思えば、
次に攻撃を仕掛けたのは霧隠先生で、でもその攻撃を受けることなく、エンジェルはまた消えてしまう。
考える暇も、見る暇すら、ない。

「……霧隠流魔剣技…蛇腹化…蛇牙」
「!!」

霧隠先生の攻撃は軽々と避けられてしまう。
その攻撃は灯台にあたり、灯台からは煙が上がった。
やばい、でしょ。これ。
口を半開きに、目をこれでもかって開いて、その光景を眺めていた。

「シュラ、何故このサタンの仔を守る。メフィスト側に寝返ったのか?」
「なワケねーだろ」
「そういえばお前、藤本からこの仔に魔剣を教えるよう頼まれたと言っていたな」
「えっ」
「『冗談じゃないあのクソ!ハゲ!!』と息巻いていたのに…まさか、死んだ師の遺志に添おうとでも思ったのか?…あんな歴代聖騎士の中で最も不適格だった男のために」
「ちげーよクソバカ。ハゲ!!純粋培養には一生理解できねーからすっこんでろ」

剣を首に添えられているにも関わらず、悪態をつく霧隠先生はかっこいい。
苦手だったけどちょっと尊敬した。
しかし何やらエンジェルはそれに対して陽気に笑っているようで、霧隠先生の顔は苛立ちで歪んでしまっていた。
こんな形じゃなかったら、結構いいコンビなんだろうけどなあ、なんて。
お門違いなことを考えて、すぐに隅に追いやった。
そしたら聖騎士さんが突然、霧隠先生に向けていた剣をこちらに、本人自身も、私たちの方を向く。
一瞬、その聖騎士と目があう。
私はまるで嘘がバレてしまった時のように、ギクリと心臓を動かした。

「三賢者からの命だ。今より日本支部長メフィスト・フェレスの懲戒尋問を行うと決まった。当然、そこのサタンの仔も証拠物件として連れていく」
「…ほう!それは楽しみです!」
「は、はあ!?楽しみって、メフィストさん!」

あんた、下手したら罷免ですよ!?
そう言おうとして、だけど、メフィストさんが頭に手をぼすりと置いたことによって止められてしまった。
心配は無用です。
ウインクされて、嫌な顔して返事してやる。
メフィストさんの心配よりも、奥村くんの心配してるんだって。

「それと、その少女についても…説明してほしいんだが…?」
「え…、」
「この子は立派な人間。なんなら聖水をかけてもかまいません」
「ちょ、メフィ…」
「それに見てくださいこの火傷を。まずは治療が先決でしょう」
「……まあいいだろう。あとでも聞ける。ブルギニョン!候補生を連れていけ!」
「はっ」
「――あの、僕が引率します。一年生の薬学の担任です」

いや、私の話をしていたはずなのに、なんで私は置いてきぼりなんだろう。
しかし私には発言権がないように思えてきて、とりあえず、黙って指示に従うことにした。
まあ、懲戒尋問に連れていかれることになっても、困るんだけど。

「奥村くん」
「ちとこ…!そのケガ……」
「ちゃんと謝りに、帰ってきてね」
「……、うん」

素直に頷く奥村くんに、自然と口元が緩む。
みんなもいるよ。
そう言うと、そうだ!と奥村くんは私の後ろに視線を向けた。
そこには、みんながいるから。

「みんな無事か!?」
「なんで…サタンの子供がッ 祓魔塾に在るんや!!!!」
「勝呂くん…!」

それでもやっぱり、私みたいな奴ばっかりじゃないって、わかってる。
勝呂くんにとっても、サタンは許しがたい存在だ。
子供だってその対象になる。
でもやっぱり、奥村くんはみんなを守るために剣を抜いたのに、そんなの、少しおかしいことのように思えた。

「………説明します。とにかく落ち着いてついてきて下さい。……小川さんも」
「はい……」

言う通りに、私は奥村くんとは逆、みんなの方についていった。
大変なことになったな。
せっかく、うまくいってると思ったのに。
崩れちゃうのが、少し早いんじゃない。

「ちとこ…っ」

泣いてるしえみの頭を撫でてあげる。
いい子だな、しえみは。
私は、痛む体を叱咤して、聖騎士さんの部下であろう人について、暗い道を歩いていった。
帰りたいな。とは、死んでも言えない。

100の善は、1の悪に負けてしまうのだろうか