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三輪くんが、入院したらしい。
志摩くんはあばらにヒビが入ったくらいで、勝呂くんも喉を痛めたくらいらしく、入院とまではいかなかったみたい。
それでも塾には来てなかったから、ここは一先ずお見舞いといこうじゃないか。
そう思って、私はお見舞いのプリンを片手に病院へ来ていた。

「あれ、小川さん!」
「志摩くん!大丈夫?」

自動ドアを抜けて、早速ロビーにいたのは志摩くんだった。
看護師さんを口説いてるみたいだったけど、見なかったことにしてあげよう。
俺は全然平気〜。そう、へらりと笑った志摩くんを見ていて、普通に元気そうだったから安心して胸を撫で下ろした。

「お見舞い来たんだ。これ、三人で分けて」
「ええ!そんな、悪いわあ」
「あ、メロンとかじゃなくてごめんね」
「もらえるんなら何でも嬉しいわ」

坊も来てはりますし、行きましょか。
にっこりと笑った志摩くんに頷き、二人並んで三輪くんの病室を目指す。
少し、ほっとした。
もしかしたら、今まで通り接してくれないかと思ったから。
私は生徒で唯一奥村くんがサタンの落胤であることを知ってた。だから、あんなことがあって、溝が生じたような、そんな気がして。

「ここが病室やよ」
「あ、本当だ。三輪くん、勝呂くん!」
「!小川さん、」
「わあ、来てくれたんですか」
「うん。二人とも大丈夫?」
「僕は一週間くらいで退院できるみたいです」

とは言っていても、腕につけられたギプスがなかなか痛々しい。
アマイモンさんにはあれから会えてないけれど、会ったら一発殴ってやりたいもんだ。
笑われたくらいで、怒りすぎ。
なんだか私が申し訳なくなってきて、ごめんね、と謝ると、三輪くんはおかしそうに笑った。

「なんを謝ってはるんです?」
「いや…みんながケガしたのは私のせいかなって…」
「あはは!坊と同じこと言ってはるわ」
「子猫丸!」

なんの話だか分かんないけど、志摩くんも面白そうに笑っていて、けど勝呂くんはなんか焦ってて、それでまた二人が笑ってて、なんだか私もおかしくて、笑ってしまった。
三人が元気そうで、本当によかった。
しばらく(勝呂くんはしかめっ面だったけど)みんなで笑いあったあと、早速プリンを食べることにした。自分の分も購入済。
正十字で一番おいしいとされてるそのプリンは、舌触りもよく濃厚で、すごくおいしかった。

「なあ、小川さん」
「ん?」

プリンも食べ終わり、そろそろお暇しようかなと時計を眺めていたとき、私を呼んだのは勝呂くんだった。
なんだろうと気のない返事をしたけど、勝呂くんを見ると、真面目な顔をしていたから、ああ、そういう話なんだって、黙って体ごと勝呂くんの方をむいた。

「一つ、聞いてもええか?」
「うん」
「小川さんは、何者なん?」
「え…」
「悪魔ではなさそうやけど、奥村のこと知っとったし、アマイモンとも面識あってそうやったし、暴走した奥村を、普通に捕まえとったし、普通やったし」

なあ、小川さんは、一体、何者なん?
そう尋ねてくる勝呂くんに、返す言葉も見つからず思考を停止させた。
三輪くんも志摩くんも黙っていた。
きっと、二人も気になっていたんだろう。
もっともな疑問だと思う。
だってその通り。何も知らない人達からしたら、私は、変なのかもしれない。

「人間、だよ」
「でも、一般人やないやろ」
「そうかも…?…でもみんなとそんなに変わらないと思う」
「やったら…なんで、平気なん」
「え?」
「奥村のせいで怪我までしとんのやぞ。なんで平気なん」

そりゃ、やけどはしたけど、なんで平気かと問われれば、そんなの、大した理由なんてない。
だって奥村くんのせいだなんて、思ってないから。

「…奥村くんは、優しいよ」
「サタンの息子やぞ」
「でも本人は打倒サタンだよ」
「あの青い炎は人を殺せる。小川さんやって、怪我したやん!」
「そんなの、青い炎に限らないでしょ」
「…っ」
「人だって、人を殺せる。大した違いなんて、ないよ」

悪魔も、人間も、大した違いなんてない。
青い炎は人を殺せる。それに間違いはない。
ただ、物質界には、炎よりも人を殺せるような物が数多くある。
炎があるからって、それは問題視されるところなんだろうか。
むしろ問題視されるべきは奥村くんが力のコントロールが出来てないってことで、炎の有無は、あんまり関係ないでしょう。
普通の炎でも、人は死ぬ。怪我をする。

「私は、人間と悪魔との違いが見定められてないだけ。ただ、個人的な理由でサタンだけは許せない。だから、倒したいとは思ってる。でもそれに奥村くんは含まれてないよ。なんせ、打倒サタンだし」

笑顔で言ってやって、私はそのまま椅子から立ち上がった。
お大事に、と一言そえて、早々に退散することにした。
嫌われたかもしれない。そう思うと悲しいけど、私にも、譲れないものくらいある。

「小川さん!」

ドアに手をかけたとき、再び聞こえたのはさっきまで会話していたあの人の声。
驚いて声も出ずに後ろを振りかえる。
その人、勝呂くんは、なんだか不安そうな顔をしながら、小さく唸った。

「その、怪我、は…、平気か…?」
「…うん、全然平気!」

やっぱり、みんないい人だと思った。
なんだかんだ、私の周りは優しい人ばっかりで、私は結構、いや、大分、恵まれてるんだと思う。