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無事奥村くんも、条件付きみたいだけど助かったようだし、それで、なんかよく分からないけど、京都遠征、だそうだ。

「不浄王って、なに?」
「そんなことも分からないのか」

はあ、と呆れるネイガウスさんに、私はごめんなさいと素直に謝るしかなかった。
話によるところ、その正十字騎士團日本支部"最深部"で封印されていた不浄王の左目とやらが、盗まれたらしい。
さらに京都出張所"深部"で封印されている右目の方にも何か起こっているらしく、今回、候補生も京都遠征に同行することになった。
正直、全然気が進まない。
だってネイガウスさんいないんでしょ。
しかも、ちょっとやそっとの距離じゃない。

「行きたくないなあ」
「行け」
「行くけど!行きますけども!まだ謹慎は解けないの!?一緒に行こうよ!」
「謹慎が解けているとして、私が行くと思うか?」
「…思いません」

だろうな。とネイガウスさんは読んでいる本のページを捲る。
もうすぐで私は遠くに行ってしまうというのに、なんだその落ち着きっぷりは。
私ばっかりギャンギャン吠えて、バカじゃないの。
そう思ったらなんか腹が立ってきて、虚しくなってきた。
所詮そうですよ。わたしゃ赤の他人ってね。

「…寂しいんですけど」
「お前は何歳だ」
「何歳でも寂しいの!寂しいもんは寂しいの!はい、つーわけでネイガウスさんの写メを待ち受けにします!拒否権はない!」
「おい待――…」
「はいチーズ!ネイガウスさんゲットォオ!」
「……。なんでお前はそんなに元気なんだ」
「なんでネイガウスさんはそんなに普段通りなの!」

私が遠くに行くってのに!
そう怒鳴るように訴えるとネイガウスさんは眉間にシワを寄せて、しかめっ面をした。
そんな顔に、またムカついてくる。

「私がいなくても何とも思わないんでしょ」
「そんなこと言ってないだろ」
「言われたら立ち直れないわ。でも思わないんでしょ!」
「別に、お前は帰ってくるんだろう」
「当たり前じゃんか!」
「じゃあどこに不満があるんだ」

帰ってくるなら、私はそれで十分だ。
そう言ったネイガウスさんに、イライラした心が急に落ち着いてきた。
それと反比例して、押し寄せてきたのは、泣きたくなるような、そんな気持ち。

「…。ネイガウスさん」
「なんだ」
「寂しいです」
「仕方ないだろう」
「ネイガウスさん、」
「どうした」
「抱きついていい?」
「…好きにしろ」

じゃあ、お言葉に甘えて。
ぎゅううと抱きついて、ネイガウスさんの匂いでいっぱいになった。
やっぱりネイガウスさんにはかなわない。
そこまで考えきれなくて、余裕のない私はどこまでも子どもで、私とは対照にこうやってさりげなく私の機嫌をとりやがるネイガウスさんはどこまでも大人で。
やっぱり、しばらくはこの人から離れられないんじゃないかなって思った。

「じゃあ、毎日電話する」
「出れたらな」
「あのね、ネイガウスさん」
「なんだ」
「あのね、私ね、………だいすき」

初めて言った、ずっと思ってた言葉。
ネイガウスさんはそうか。とただ一言だけ。そう言って、読んでいた本をぱたりと閉じた。

「気をつけて行ってこい」
「気をつけて、行ってきます」