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「はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます」

これから行く場所には菌類に憑依する悪魔で汚染されてる可能性があるから、ワクチンを打つように言われた。
キーキーと魍魎たちが嫌がっている。
そら、魍魎に取り憑かれることはないだろうけど、もっと強い悪魔だったら、予防するにこしたことはない。
勝手についてきた魍魎たちとはここでお別れだ。魍魎たちもワクチンは嫌なんだろう、ゆっくりと私から離れていった。
名残惜しげに見えたのが、可愛かった。
早速ワクチンを打ってもらい、お礼を言って私は貸し切りである4号車へ移動した。

「あ、みんなおはよう」

今日は私が一番遅くについたらしい。
いつも一番だから、私が来たらみんなが揃ってるのは初めてで、なんか新鮮だった。
返ってきた挨拶に今度は笑顔で返事をして、私は座る場所をキョロキョロと探す。

「あ、クロ」
『…にゃーっ』

そしたら奥村くんと出雲ちゃんの間に、奥村くんの使い魔のクロを発見。
呼ばれたのに気がついたのか、顔を上げて返事をするようににゃーと鳴いた。
……可愛いんだけど。

「出雲ちゃんもクロの可愛さにやられたんだね…だからこの席に…」
「は、はあ!?あんた何言ってんの」
「帰りは是非私をクロの隣にさせて!ね、奥村くん!」
「え!?あ、ああ…」

よし、予約はとってやったぞ。
一人でガッツポーズしてるとバコッと後ろから誰かに頭を叩かれた。
びっくりして振り向くとそこにいたのは霧隠先生。

「早く席に座れ」
「は、はい…」

なんか目が据わってて怖かった。
大人しく、しえみの隣が空いていたのでそこに座る。
おはようと言えば焦ったような口調で同じ言葉が返された。
不思議に思って首をかしげる。
だけどしえみは下を向いてしまった。
そういえば、最近はいつもこんな感じだ。
しゅん、てなってて、泣きそうな顔になる。

「どうしたの?」
「…別に、何でも、ないよ……」
「………ふぅん」

なら、いいんだけど。
そう言ってはみたけど、よくない。
全然よくない。
あからさますぎる反応に私もどうしていいか分からなくなって、こういう時はそっとしてあげた方がいいのかもしれない。しえみが言ってくれるその時まで待つんだとか、それらしい理由をつけて私は黙り込んだ。
やっぱ原因は、奥村くんなのかな。
そうこうしてたら新幹線は発車。
無事出発したところで、霧隠先生が前で今回の現状を説明しはじめ…させはじめる。
大体は私が事前に聞いていたものと同じ。
藤堂という名前は初めて聞いたけど、どうやらその人が悪者らしい。
悪魔落ちした祓魔師。悲しい現実だ。
すると今度は出雲ちゃんが不浄王について質問。
出雲ちゃんも知らないのか!とビックリしたが、あまりメジャー扱いされていないらしく候補生が知らないのも無理はない、らしい。
私はネイガウスさんにそんなことも知らないのかって言われたんだけど。
不浄王とは、江戸後期…安政5年ころに流行した熱病や疫病を蔓延させたとされる上級悪魔のことで、当時4万人以上の犠牲者を出した元凶といわれているらしい。
右目と左目は、その不浄王を討伐した僧侶が討伐したことを証明するために抜き取ったものらしく、目だけでも強烈な瘴気を出し、相当やばい代物みたいだ。
左目を奪われた今、京都にある右目は危ない。
それで、今回の任務は京都出張所で負傷した祓魔師の看護と手薄になった警護の応援。私たち候補生は、そのお手伝いをするために、駆り出されたってことだ。

「ふんじゃ、まぁ皆力合わせて頑張ってくれ!」

そんでアタシに楽させてくれ…
なんて言葉は聞いてない。聞いてないぞ決して。
隊長がそれでいいのか。
眠りについた霧隠先生。
少しの間、沈黙が続いた。

「しえみ…」
「な、なに?」
「いつまで、そうしてるの」

待ってよう。そう思ってたのに、少し、我慢の限界だった。
隣でこうも落ち込まれてては、その、私の身の方がもたない。
しえみの隣にすわったのは私だけどさ。

「ちとこ…」
「ん?」
「私ね、わからないの…」
「なにが?」
「どうして燐と向き合えないのか、わからないの……」

今にも泣き出しそうな震える声。
私はその小さな背中にそっと手を添えて、なぐさめるように、撫でる。
この子はすごく思い悩んでいるというのに、私の思考は真っ白になりつつあった。
そんなの、分かるまで悩んだらいいじゃない。とか、
勇気を出そうよ。とか、
色々言葉はあるんだろうけど、どれも正解に思えて、どれも不正解に感じた。

「しえみはしえみらしくいればいいよ」
「ちとこ…」
「私、上手なこと言えないけど…無理は、しないで、ね」
「…うん」

だからせめて、しえみには笑っててほしいって、そう自分の願いをこめてそう言葉を紡いだのだけれど、
私らしいって、何なのかな。
そう問われて、何も言えなくなってしまった。
安易に相談に乗ろうとして、ちょっとだけ後悔。
今思えば、私はしえみのことを何も知らない。
多分、お互いのこと何も知らない。
だから、そんなの答えられるわけがなかった。

でもね、しえみのこと、心配なんだ。
ともだち、だから。