03

連れて来られたのは生活感の漂う部屋の一室だった。
連れて来られたと言っても、私がいた部屋の扉を解錠して開けられたその先が、その部屋だった。
さっきまでの薄暗い部屋とは違って、今度は比較的ピンクのものが多い部屋だった。
なんとなく、このピエロさんの部屋だなって思った。
ソファーに座るよう言われて、そこに静かに腰をおろす。
眼帯の人は壁にもたれかかっているので私だけ座るのはなんだか申し訳なく思ったけど隣に座られるのも怖いので何も言わないでおいた。

「ちとこさん、でしたっけ」
「は、はい…」
「聞くまでもないですが、あなたは人間ですね?」
「も、もちろんです」
「ここは正十字学園なんですが、どこだか分かりますか?」

正十字学園。
なんだかとっても宗教感の濃そうな学園の名前だ。
響きからして、私立。
どこかにありそうな学園の名前ではあるけれど、生憎私はそこを知らない。
首を横に振るとピエロさんはそうですか。と顔をしかめた。
何もかにもが分からない。
私は確か何を血迷ったか興味本位で入ったオカルト研究会に、歓迎の意を込められて洗礼を受けていたはずだ。
変な陣の真ん中で、水をかけられて、変な呪文を唱えられて。
そうしたらここいた。
それには瞬きほどの時間くらいしかかからなかったと思う。
さっきまでのことを思い返しているとどこからか、陽気な音楽が聞こえてきた。
それはピエロさんの携帯の着信音だったらしく、ピエロさんはその電話をとると簡単な返事をして、すぐに電話を切る。
そのタイミングで、私はあの、と話をきり出した。

「あ、あの…すぐ、すぐ帰ります。ご迷惑をおかけしてしまって…すみませんでした。コート、濡れちゃったけどありがとうございました」

こんなこと、不思議としか言いようがないけれど、帰らないわけにもいかない。
私はすぐにソファーから立ち上がるとピエロさんのコートを畳み、ピエロさんへお返しした。
しかしピエロさんはそのコートを受け取らずに、私の腕を掴んだのだ。

「帰れません」
「は?」
「今連絡が入りました。あなたが召喚された、魔法円を消し終わったようです」
「何だと!?」

眼帯の人は血相を変えて私とピエロの人を交互に見遣った。
私には、言葉の意味が分からなくて、でも大変なことになってしまった、とだけは感じ取れて、どんどん心臓が速くなるのが分かった。

「え、え…?それが、一体な、なんなんですか?」
「魔法円は簡単に言えば異空間とのゲートのようなものです。召喚した使い魔は魔法円が破綻すれば任を解かれ消える。しかしあなたは消えていない。帰る手段なんてありません」
「ふ、普通の交通網を使えばいいじゃないですか!」
「言いましたよね?魔法円はいわば異空間との門みたいなものだと」

はたして電車やバスなんかで行けるんでしょうかね?
ピエロはシニカルに笑ってみせた。
目の前が真っ暗になる。
眩暈がしたかのように体を揺らせばすぐにピエロに体を支えられた。
意味がわからない。
理解ができない。
信じられるわけがない。
でも、でも、
私は確かに一瞬で、知らない場所へと来てしまっているのだ。

「帰り、たい、です…」
「心中お察しします。でも、すみません。今のところ私たちには、成す術はありません」
「じゃあ、じゃあ私はどうすれば…」
「しばらくは私たちが、正十字学園が面倒を見ましょう。帰る為の最善も尽くします。その代わりと言ってはなんですが…」

ピエロは笑う。
道化師らしく、その格好にぴったりな笑顔をその能面に貼付けて。
きっとろくでもないことを言われるに違いないと、私は直感的に悟った。

「祓魔師に、なってみませんか?」
「……はあ?」
「申し遅れました。私、正十字学園の理事長をやっている、メフィスト・フェレスと申します。いごお見知りおきを」

それでも思わず出てしまった素っ頓狂な声。
自己紹介と共に頭を下げられた頭。
眼帯の人が、深いため息をついているのが見えた。