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「霧隠先生、あの、」
「…まったく、お前らは」

案の定、霧隠先生は起きていた。
車両を抜けるとすぐに先生がいたから、多分、様子を覗いていたんだと思う。
はあ、と溜め息をつく霧隠先生。
それに対して、何も言うことができない私。

「ちとこ」
「はい」
「お前らはまだまだガキだ」
「…はい」
「だがお前は奴らより視野が広い。まだ大人だ。アタシが言いたいこと、分かるか?」
「喧嘩は私が止めろと」
「いちいちセンセーに頼んなよ?」

まあ、今日はサービスだ。
そう意味深に笑いながら、霧隠先生は私の横を通りすぎて行った。
そんなこと、言われても。私だってさっき、奥村くんにケンカ売りそうになったし。
なんで私がケンカの仲裁なんかしなくちゃいけないんだ。
私だって、腹立ってるのに、
私だって、文句くらい言いたいのに、

「…私だって、」

そう呟いて、唇を噛む。
こんな言葉は、言っちゃいけないのかな。
逃げてることになるのかな。
ああ、もう。
しえみを元気にしてあげることもできないし。
助けてあげることもできないし。
奥村くんを怒ったり、口論やケンカを止めることすらできない。
アマイモンさんののときだってそうだった。
私は必死だったけど、私は結局、なんも、できてない。

「ネイガウスさん…」

いつまでも甘えてちゃダメなのに、どうしても、名前を呼んでしまう。
あの人は今、ここにはいないのにね。

「坊!」
「坊や!!」
「よう戻られましたなぁ!」
「お帰りなさいませ!!」

「…へ?」

京都に着き、あのまま、重たい雰囲気をそのままに私たちは京都出張所が用意してくれたバスで逗留先に着いた。
綺麗な女将さんに迎えられ、旅館におじゃまをすれば、お帰りなさいと言われる勝呂くんたちに、なにも知らない私はただポカンとしていた。
多分、奥村くんとかも。

「坊!!ようお帰りにならはった!」
「子猫丸に廉造くんも」
「やー、こらめでたいわ!女将さん呼んできて女将さん!」
「やめぇ!!里帰りやないで!たまたま候補生の務めで…聞け!!コラ」
「竜士!!」

ああ、なんとなく、想像はできた。
勝呂くん、ここの家の子なんだ…。
奥から出てきた女将さん。その表情からは子どもを心配する母の顔が想像でき…

「…とうとう頭染めよったな…!!…将来ニワトリにでもなりたいんかい!」

たんだけど、ええええ…
久々に再会したんだろうに、ちょっと感動的な場面でも出てくるかと思えば、女将さんの顔が恐ろしいものに。
目の前で繰り広げられる口喧嘩に志摩くんは笑っていたけど、出雲ちゃんや奥村くん、私から見たらもう何がなんだか。って感じだ。
三輪くんと志摩くんが女将さんに挨拶を済まし、女将さんはやっと私たちの存在に気づいたようで、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「初めまして。竜士の母です。いつもウチの息子がお世話んなってます」

やっぱりか!
…怒った顔がそっくりだ、とか言ったら怒られるかな。
勝呂くんの実家が逗留先だったなんて、本当にビックリだ。
なんか、本当はお寺の子みたいなんだけど、観光収入も檀家さんも少なきゃ副業やってるとこがほとんどらしい。
だから、坊ね。
志摩くんや三輪くんが勝呂くんのことを坊と呼んでる理由が、今わかった。
出雲ちゃんが笑ったのも、少し分かる。
お坊ちゃんだから、坊、ね。

「杜山、神木、宝、奥村、小川はこの湯ノ川先生について看護のお手伝いしてきなさい。着いて早々ナンだがキビキビ働いてくれたまえ!」
「はい!」

勝呂くんたちは身内に挨拶をしに女将さんと、私たちは看護の手伝いをしに湯ノ川先生に。それぞれ荷物を置いて移動を始める。
大きな部屋には、すごい数の人が横たわっていた。まだ奥の離れに十五人くらい。ここにいるのは比較的軽度の魔障者らしい。
仕事はお茶の給仕や点滴の交換。
それくらいなら私にもできそうだ。ただ、しえみが隣で意気込んでいる。
少し元気になったのかも、と思うと嬉しいけど、から回ったりしなきゃいいんだけど。

「小川さんはこっちを!」
「は、はい!」

とにかく今は、仕事をしないと。
終わったら、ネイガウスさんに電話しよう。
頑張らなきゃ
私が、しっかりしないと。