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忙しい。大変だ。暑いし、休む暇もない。
魔障者の看護、私たちの場合は手伝いだけど、本当に忙しなく動いている。
だけど逆に、少し楽な気はした。
何かを考える暇もなく、ただ仕事をこなす。
お礼を言われるのはやっぱり嬉しいし、誰かの役に立っているって思うのも、気持ちがいいもの。
だから、この忙しさには、感謝しなくちゃいけないのかも、しれない。
言われて持ってきた減菌パックを渡し終えて、ふう、と息を吐く。
走り回っていたからだろう、たらりと汗が流れてきて私は持っていたタオルでそれをぬぐった。
そしたら、ガシャン。
何かが落ちる音、そして、川中さん、だっただろうか、その人の怒る声が聞こえた。

「ここはええから、畑行って鹿子草十本抜いてきてくれへんか?」
「はい!すみませんでした…!」

そっちを向けば、そこには転がったヤカンに、びちゃびちゃになった畳、真っ青になって慌てているしえみの姿があった。
なにやってんだ、しえみ。
多分、ヤカン落としちゃったんだろうな。なんて考えながら、そっちに向かう。

「私、片付けておきます」
「ああ、頼むよ小川さん」
「ご、ごめんねちとこ!ごめんね…」
「謝るのは後。早く薬草採っておいで」

にっこり笑って、気にしなくてもいいよって伝えたかったんだけど、しえみの顔は恥ずかしそうに真っ赤になった。
走って薬草を採りにいったしえみの姿を見ながら、なんか、喉が締め付けられたような感覚に襲われた。
とりあえず持っていたタオルで粗方お茶を拭いとり、空になってしまったヤカンを持って調理場に行く。
そしたら代わりの薬草茶があともうすぐで出来るようで、でももう調理場には薬草がなくなってしまったみたいなので私はしえみたちを呼ぶついでに自分も薬草を採って来ようと畑に向かった。
のが、いけなかったのかな。

「…ありがとう神木さん。私も雑草さんたちみたいにがんばるね…!」

ううん。いけないことなんか何もない。
しえみが笑っていた。
泣いていたけど、嬉しそうに笑ってたんだ。
久々に、見たかも。
しえみが、いつもみたいに笑ってる顔。しえみらしい、感じ。
出雲ちゃんのおかげだ。
出雲ちゃんが、しえみを元気にしてくれたんだ。
すごいなあ、出雲ちゃん。
私には、できなかったことを、こんなにもすぐやってのけてしまうんだ。
すごいなあ、出雲ちゃん。

「………、」

ふと、どうしようもなく情けない気持ちになった。
私は、何をしてたんだっけ。
急いで踵を返す。
二人には気づかれないように、そっと。だけど素早く。

「あれ?薬草は?」
「…すぐ来るって言ってました!」
「ああよかった。じゃあこの薬草茶なんだけど、出来たから持って行ってくれる?」
「はい!」

考えるな考えるな。
そういうことは、忙しさで紛らわせてしまえばいい。
ほら、考える暇なんてないんだもん。
心頭滅却。火もまた涼しってやつよ。
流れてきた汗を拭うタオルはさっき畳を拭いたおかげでもうなくて、手で汗を払う。
急いでお茶を持っていって、給仕している人たちのところへ駆け寄った。

かと思えば、何だ。これは。

「その棒キレ下ろして大人しうしてた方が身のためやぞ。お申ども!」
「蛇出しよった…!どうする柔兄!」
「蝮ィ…いい度胸やないかい!!金造、援護せえ!」

ここは、患者さんのいる場所じゃあなかっただろうか。
目の前に見えてるのは、ケンカ。大喧嘩。
女の人3人と男の人2人がケンカをしている。
しまいには蛇もキリクもどんどん暴れさせて、私はポカンとただ、その光景を見ていた。

「小川さん危ない!」
「え」

気がつけば私の体は蛇に巻き付かれていた。
ひ、と叫ぶこともできずに、情けない声が出てくる。
どうすればいいんだこれ!と思ったのも束の間、ガコッ
決して気持ちのいいものではない音が鳴った。そして同時に額にビリビリと激痛が走る。
それをにわかに感じ取ってから、ぎゃああ小川さん!という誰かの声をうっすらと聞きながら、私は強制終了させられた。
つまり、意識を失ったわけです。