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ちとこってさ、何もできないよね。

そんなことないって。
私だってやるときゃやるんだよ?

でも結局なんの力にもなってないじゃん。

た、たまたまだよ!
私には私の役割ってものがね、あるんだから。

じゃあそれって何?って聞かれたら、あんた答えられる?

そ、れは…
今はまだ、分かんないだけで。

役立たず。
だからあんたは世界に捨てられたんだ。

違う!
私は捨てられたんじゃない!

いい加減、ネイガウスさんも呆れて、
あんたのこと、捨てちゃうかもよ。

そんなの…わからないじゃん…。


「小川さん!」
「…、志摩、くん?」

ぼんやりと視界に映ったのは、ピンクがかった、茶色。
それは志摩くんだってことにはすぐに気が付いて、私はなぜか倒れていた体を起こし、あれ?と呟いた。
何があったんだっけ?
おでこがやたらと痛いんだけど。

「小川さん、何があったか覚えとる?」
「え…?……蛇が、私に巻き付いて、えと、それで…」
「すまん!」
「は、」

突然の聞きなれない声に、謝罪の言葉。
思い出すのに下げていた視線を上げると志摩くんの隣、ていうか、周りになんとなく見覚えのある人たちがいて(ない人もいるけど)私はパチリ、と目を瞬かせた。
ああ、そうだ。
私は、この人たちのケンカに巻き込まれたんだ。

「まさか錫杖が当たるとは思わんかって」
「え、まあ、その…」
「これやから申は。考えなしに棒キレ暴れさすからあかんねや」
「なんやと蝮ィ!」

いい加減にせんか!と怒号。
ケンカを始めた黒髪の男の人(志摩くんに似てる)と髪の長い綺麗な女の人の後ろに立っていたスキンヘッドの人(女の人と似てる)は、鬼の形相で前にいる二人をカァッと睨んでから、さっきの顔が嘘みたいに、申し訳なさそうな顔して「えらいすまんなあ」と頭を下げてきた。

「あ、頭をあげてくたさい!私はあの、平気ですから!なんともないですから!」
「キズまで作ってもうて…」
「すぐ治りますから!」

少し大声をあげるとデコの傷に響く。
額にはどうやらガーゼがはってあって、はたからみたらみっともないんじゃないだろうか。
嫌だけど、それでも、それよりも、こんなかっこいいおじさまに頭を下げられるなんて、もっと嫌だ。私が申し訳なくなってくる。

「蝮も謝らんか!」
「私は悪くな…」
「蝮!」
「……すみませんでした」

蝮と呼ばれたお姉さんは、謝りながらもふて腐れたような顔してて、どう反応していいかも分からなくて、いいんですよ。と笑っておく。

「ほんま、おデコ大丈夫?」
「は、い!はい!大丈夫です!」

そしたら、ズイッと、私の額を覗き込むように志摩くん似の黒髪さんが近づいてきて、失礼にも、私は焦って身をひいてしまった。
いやだって、近いのはさずかに照れるというか。
そんな私の心情を読み取ったのか、そうではないのか、その人は一瞬目を丸くさせると、すぐに微笑んだ。

「俺は廉造の兄貴の志摩柔造や。こっちが四男の金造」
「俺もすまんかったなあ。ていうかあれ俺の錫杖やし」
「あ、いえ。……小川ちとこ、です」

自己紹介されて、慌てて私も名乗る。
似てるとは思ったけど、まさか兄弟。
あれ、でも、金造さんは四男で、見た感じ志摩くんのお兄さんで。

「志摩くん、何男?」
「五男坊やで。ボク」
「ごっ」

驚いた。
大家族じゃないか。
あからさまに驚いた私の顔がツボにはまったのか、志摩くんは一人で大笑いしはじめた。
お兄さんたちも愉快そうに笑っていて、羞恥で今なら飛べる気がする。なんて馬鹿なことを考える。
それほど恥ずかしいのだということを、知っていただきたい。

「ほら、蝮も挨拶せんか」
「…宝生蝮や。よろしくすることがあったら、よろしゅう」
「お前はえらそうに…。小川さん、気を悪くせんでな。蝮の父親の蟒や。今日は手伝いに来てくれてほんまありがとう」
「…いえ」

優しい笑みを浮かべる蟒さんに、ネイガウスさんが重なって見えた。
見た目は全然違うんだけど。
蟒さんは用事があるようですぐに行ってしまい、私も仕事を再開させようと思ったけど志摩くんに止められてしまった。
今日は大人しゅうしててな。だそうだ。
志摩くんもいなくなって柔造さん、金造さん、蝮さん、私。という気まずい組み合わせになってしまい、私はどうしようかと視線を泳がせる。
途中で蝮さんとバッチリ目が合って、とりあえず笑うとツーンとそらされてしまった。
蝮さんには、出雲ちゃんと同じようなものを感じる。のは、私だけかな。