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「もしもし!もしもしネイガウスさん!」
『ああ、昨日は出れなくてすまなかった。かけ直したんだが…。どうした』
「ネイガウスさんネイガウスさん!」
『だからなんだ』
「ネイガウスさんんん!!」
『切るぞ』
「やめてぇぇぇ 」

だって、思わず名前をいっぱい呼んじゃうのも、無理ないじゃないか。
電話ごしに小さくため息が聞こえてきて、それでまた、優しい声でどうした?と私に訊いてくる。
涙が出そうになって、ぐっと堪える。

「私、なんでこんなに…情けないんだろ…」
『…。何があった?』
「友達の相談にものれない。ケンカも止めてあげられない。仕事だって、足引っ張ってる…」

ズクズクとおでこが痛む。
出血してるくせに内出血もしてて、泣きそうになってるからか、頭がわんわんして、それが傷に響く。
痛い。もうやだ。

『ちとこ』
「んー…?」
『帰ってくるか?』
「…え?」
『嫌なら、帰ってくるか?』
「…、」

帰ってきてもいいぞ。
そう言うネイガウスさんの声は恐ろしいくらい優しくて、どきり、と心臓が跳ねた。
帰ってこい。
私は、どこかでこの言葉を待っていたのかもしれない。
でも違う。ネイガウスさんは、帰ってこい、じゃなくて、帰ってきてもいい。って、そう言った。
本当なら、そうしたい。
でも、それでいいの?ってきかれたら、答えは否。全然よくない。
みんなに色んな悩みがあるのに、私だけ逃げるなんて、卑怯だ。
ていうか、みんなは逃げるだなんて、これっぽっちも考えてないだろう。
なのに私は帰る?
尻尾巻いて、逃げていくの?
二度や三度、うまくいかなかっただけで?

「…ネイガウスさん」
『どうだ?』
「意地悪しないでよ」
『した覚えはないが』

お前にはそんな風に聞こえたか?
ネイガウスさんは、きっと今笑ってる。
それがなんか悔しいっていうか、なんていうか、この人、私を試した。
多分帰るだなんて頷いてたら、とんでもないくらい、呆れられてた、はず。

「…このくらいでくたばるかよ」
『だろうな』
「私はネイガウスさんの使い魔で、武器で、娘で、弟子なんだよ?」
『いつから弟子になったんだ』

そんなの、気付いた時にはって奴だよ。
そう言うと、そうか、と返事が返ってきて、少しの間、私は声が出なくなっていた。
絶対、否定はしないんだよな。
使い魔って言っても、武器って言っても、娘って言っても、弟子って言っても、絶対否定はしない。
だから、安心する。
私はまだ、ネイガウスさんの何かであり続けてる。

『まだ先は長い。焦るな。落ち着け。周りを見ろ』
「…うん」
『失敗は、今のうちにしておくことだ』
「おっす、師匠」
『誰が師匠だ』
「ねえ師匠」
『…なんだ?』
「ありがとう」
『礼は帰ってきてからたっぷり聞かせてもらう』
「いっぱい言うよ」

よかった。まだ大丈夫。
まだ私には帰る場所がある。
お礼をいっぱい言うためにも、私は今やるべきことをやって、ネイガウスさんのところへ帰るんだ。

「うへへ、頑張るっ」
『ああ、ああ。やってこい』
「はーい」

ぷつりと電話を切って、上機嫌に携帯をしまう。
さあ風呂だ。さあ手伝いだ。
今日は休みだけど、手伝わせてもらおう。
そうとなれば早く風呂に入らなければ。そう思って踵を返すと、

「ちとこ、」

そこにはしえみがいた。
なぜか泣きそうになっている、しえみだ。

「しえみ?」
「ご、ごめん、電話してるの、全部聴いてた…」
「あ、ああ。別にいいよ?」
「よくない!」

急に大声になって、びっくりして肩が跳ね上がった。
どうしたの?しえみ。
そうきいても、しえみは何も答えずに、ふるふると頭を振る。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
内心すごく慌てていると、しえみが俯いていた顔を急にあげた。
うおっ と素っ頓狂な声が出た。

「私、ちとこに嫉妬してた!」
「へ?」
「ちとこは強くて、しっかりしてて、頼りになるから!燐のことだって知ってたし、暴れてた燐のこと、ちゃんと受け止めてた!」
「し、しえみ?」
「だから、嫉妬してた…。私は、何も知らなくて、何もできなかったから…」
「…しえみ」
「情けなくなんかない!ちとこは、私の憧れなの!」

しえみの目からなんかキラキラした水が流れてて、いや、普通に涙って言えばいいんだけど、泣きながらそう訴えるしえみに、私はなんて言葉を返していいか分からなかった。
でも、すごく胸がじんわりしてきて、思わず、がばりとしえみに抱きつく。
きゃっ と、可愛い声が聞こえた。

「しえみ、大好き」

もう、いいや。
言葉が見つからない。
御託なんか並べなくていい。
私はしえみが大好きだ。出雲ちゃんも大好き。
だから、それだけ伝えられれば、十分。

「私も、ちとこが大好きだよっ」

肩が濡れる。
そんなのお構いなしに私はしえみに肩を貸す。
まだ先は長い。焦るな。落ち着け。周りを見ろ。
私は、役立たずか?情けないか?
否定はできない。でも、肯定する必要もない。

「今日も私手伝うつもりなんだけど、一緒にどうよ」
「…っ私も思ってた。する!」

取り敢えず、私、結構幸せもんだ。
しえみが太陽なら、私は月。
ネイガウスさんは、夜!