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「え!じゃあ今ちとこ、ネイガウス先生と暮らしてるの!?」
「え、う、うーん。半同居?」
「そっか、だからあの時…」

風呂から出てしえみと朝食を摂っていれば、しえみから何でネイガウス先生と電話をしていたの?と質問を受けた。
ああ、そうか。電話してるの、聞かれてたんだった。
別に隠すことでもないし、大体のことをかいつまんでしえみに説明をする。
私が召喚された、異世界人だってことは、内緒だけれど。
あの時っていうのは、多分、合宿のときのこと。
ネイガウスさんが奥村くんを襲って、屋上から帰るときに、しえみにばったり出くわしたから。

「私、ちとこのことも、何にも知らないや」
「私も、何も知らないよ?」

だから、これからいっぱい知っていけばいいよ。
そう言うとしえみはパアッと顔を明るくして、うん!と頷いた。
可愛いなあ、なんて思いながらよしよしと頭を撫でると、えへへと目を細める。
ああ、本当に可愛い。

「じゃあ、今日も頑張ろうね」
「うん、頑張ろう!」

私は調理場のお手伝いに、しえみは洗濯場のお手伝いに、それぞれ向かった。
うん、うん、大丈夫。今日は私、忙しさでごまかしたりなんかしないぞ。
バチン、と自分の頬を叩く。
頑張ろう。





「あれ?ちとこ…」
「奥村くん」

今日、私たちはお休みだったはずなのに、まだ仕事は山ほどあるみたいで時間は忙しなく過ぎていった。
今はもう昼だ。
しえみと、出雲ちゃんも呼んでお昼食べようって考えながら部屋まで戻ろうとしてたら、偶然、汗だくの奥村くんに会った。
昨日の新幹線でのことが、頭をよぎった。

「今日も手伝ってたのか…」
「う、うん。奥村くんも、汗、すごいね」
「ああ…。なあ、ちとこ」
「…ん?」
「何で目ぇ合わせねーんだ?」

しまった。
思わず奥村くんの顔が見れなくなってしまっていた。
だって、本当にむかついたから。
なんていうか、忘れてたのに思い出した。
思い出したら、だんだん、また腹が立ってきた。

「悪魔に話しかけてもしょうがない、でしょ」
「…え」
「奥村くんが言ったんだよ。悪魔に話しかけてもしょうがないって。覚えてる?」
「…、覚えて、ない」
「はあ!?覚えてないの!?は、はあ!?私すっごい怒ってるんだけど!あんなこと言って、せっかく囀石軽くなってたのに奥村くん持ち上げるから重くなったし、しかも炎出したし!」
「え…っ、か、軽くなってたの、か?」

なってたよ!
そう怒鳴るように言うと、奥村くんが肩をすくめて小さく謝った。
ああ、そうじゃない。
そう、言ってもらいたいんじゃない。

「頭悪い!」
「えっ」
「ていうか、悪魔に話しかけてもしょうがないって…それ、あんたが言う!?」
「だ、だって…」
「だってじゃねぇよ!誰か助けたいなら、考えなよ!知恵つけろよ!強いからって、それだけじゃ何も解決しないんだよ!」

あの時言いたくて、言えなかった言葉をぶちまける。
奥村くんがみるみる落ち込んでいくのがわかった。
でも知らない。自業自得。私だって、怒ってる。

「…ごめん、本当に、ごめん」
「…。」
「こんなんじゃ、誰も信用してくれねーの、当然だよな」
「…。ボーロ」
「え?」
「ボーロ、食べる?」
「…、食べる」

ポケットからそれを取り出して、奥村くんに投げ渡す。
どうしてか急に頭が冷めてきて、落ち着いてきた。
ああ、何してんだろ、私。
一人でぷりぷり怒って、責めて、それでなんで奥村くんにボーロ与えてんだろう。
ていうかなんで奥村くんもボーロ食べてんだろう。
もうなんかおかしいよ、色々と。

「久々に怒鳴った…」
「そうだな、久々だな…」

あの時以来か?と奥村くんは下手くそに笑った。
奥村くんが言うあの時、も、多分ネイガウスさんが奥村くんを襲った時。
ああ、確かに怒鳴ったよ。しかも奥村くんに。

「はああ、なんか大声出したらスッキリした。ごめん、奥村くん」
「いや、ちとこは何も悪くねーだろ」
「うん。そうだけど」
「……。」
「でも奥村くんも悪くないよ。ちょっと浅はかなだけで」
「…それはフォローになってんのか?」
「さあ」

なってないかもね。
と笑いながら言うと、なぜか奥村くんも笑い始めた。
ちょっと、立ち直るの早いよね、きみって。

「さっきまですげー怒ってたのにな」
「いや、あんまり奥村くんが落ち込んでるから」
「ていうかボーロうま!これこんなに美味かったけ?」
「さっきまでの落ち込みようはどこいったんだろうね」
「なんかボーロうめぇからさ!ぶっ飛んだ!」
「ああ、そう」

まあ、いっか。なんて。
私もボーロを一粒口に入れた。
甘いわ。うん、美味しい。
美味しいから、ま、いいや。

じゃあボーロは仲直りの印ってことで。