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「とりあえず、ああ、いや、ハウレスって魔法円の中以外で質問すると嘘つくんだっけ…」
『そんなんオトンの趣味や。いつまで古臭い情報に惑わされとんねん』
「それも嘘って可能性もあるでしょ」
『お嬢ちゃんえらいめんどくさいなあ。信じぬ者に助けはない!これはわしのモットー!ほかの兄弟はどうか知らんけどな』


ハウレスのイメージがどんどん崩れていくのを感じる。まあ、確かに。さっき再び召喚した時も、そんなことを言って、信じればちゃんと喚びだされてくれたし。信じてみてもいいかもしれない。
それにしても、この悪魔は本当、悪魔らしくない。


「私は仲間と合流したいの。未来を教えて、というわけじゃない。あなたのその力を使って、私を仲間のところまで連れて行って。その際邪魔な胞子や不浄王の飛沫、金糸は全て燃やしてしまっていい。ただし体力は残しときたいから、邪魔なものだけね」
『了解。お嬢ちゃん、あんたの名前は?』
「小川ちとこ。好きに呼んでくれていいよ」
『ちとこ。背中に乗れ。…よし、しっかり掴まっとれよ!』
「お、うわあ!!」


言われるがままに背中に乗るとその瞬間、ハウレスは走り出した。あまりの速さに舌を噛みそうになった。危ない。しかし今度はしがみつくので必死である。さすがは豹だ。
ハウレスは、未来、過去、世界の創造、神、堕天使や悪魔について、様々なことを話すとされている。しかしそれは魔法円に描かれている三角の中だけで、その外で質問をすると嘘をつくらしい。しかしこのハウレスにとってはどうなのだろう。お父さんの趣味の、古い言い伝えなのだろうか。幸い、リスクをおかしてまで知りたい内容をハウレスに訊こうという気にはあまりならないのだからいいのだけれど、きっとハウレスが喚びだされるとしたら、大体これが目的で喚びだされることの方が多いだろう。


『あーだめや相手もすごいスピードで動いとる。わしほどやないけどな!』
「すごいスピードで?…よくわかんないけど、目的の場所はわかるんでしょ?」
『おう。全力疾走ー!!』


うりゃりゃりゃーと楽しげに胞子を焼き払い、道なき道をどんどん突き進むハウレスは頼もしいが、私はハウレスの乗り心地に若干酔い始めていた。ヒートしすぎでしょこいつ。なんでこんなテンション高いか誰か教えてほしい。
死に物狂いでハウレスにしがみついていたら突然『ひゃあ!』とハウレスが声をあげる。今度はなんだよ!もう反応することもできずに返事の代わりにうめき声をあげた。


『先こされた!奴ら場所に着きよったで!』


そんなことか!そんなんで悲鳴をあげられてはたまったものではない。しかしハウレスさんの闘争心にますます火がついたらしく、さらにまたグンッとスピードがあがった。ちょ、ちょい、死ぬ、私死ぬ。なんとか手を伸ばしこいつの耳をビンッと引っ張るとやっと私が瀕死なのに気が付いたらしくハウレスはやや不満げにため息をもらした。
気がきかんくてすまんのお。と本心なのかなんなのかわからない言葉に、私は多少驚きつつも私もだと謝った。まあ、必ずしも私に非がないというわけではないので。


『休むか?いうても場所は木の上とかになってまうけど』
「いい。そのスピード保ってて。ありがとうね」


いくらか安定した速さに私も落ち着いてきて、ぎゅうとハウレスの首に抱き着いた。そしたらゴロゴロとのどが鳴り出したものだから、意外に可愛いところはあるらしい。
しかし和んでいるのもつかの間、ハウレスの体がビクンと揺れた。


『おい、肌をできるだけ服で隠して、伏せろ!!』
「!?…うっ!!?」


そう怒鳴るように言われた瞬間、何かそう、分厚いゴムでできた風船が割れたような音が鳴った。言われた通り伏せると風のような、しかし明らかに違うものが私たちを襲う。これは、瘴気だ。ハウレスの炎のおかげで幾分回避はできたようだけれど、私の体や服には金糸がびっとりとまとわりついていた。


「ゲホッ!うぐ、ん、あ、あれ、がっ」
『不浄王の本体やな。いやあそれにしても、でかい』


どうやら本体と近すぎるようで中々きれいに確認はできないけれど、大きい。ついに完全復活というわけか。おかげで瘴気も濃すぎて咳がとまらないし眩暈もしてきた。腕に胞子がついているのが見える。ああ、気持ち悪い、きもちわるい。


『見えたぞ!しっかりせんかい!!お前が倒れたらわしが消えるやろが!!』
「…ん!!」


そうだ。私はここで倒れるわけにはいかない。ていうか自分ひとりで突っ走って誰にも知られずにくたばるとかむなしすぎる、というかかっこ悪すぎる。そんなのネイガウスさんに顔向けできないじゃないか!それだけは嫌。それだけは嫌!
笑顔で家に帰る。ハウレスを紹介する。んで、褒めてもらうんだ。ネイガウスさんに頭なでてもらってよくやったって今日は子守歌を歌ってやろうって展開になるかもしれないだろ私!!有り得ないけど!!!
頭を上げると唯一胞子の届いていない岩に勝呂くんがいた。奥村くんの姿も、クロの姿もある。どうやら勝呂くんは結界をはっていたらしい。奥村くんは前衛をしていたようだ。
しかし。勝呂くんの背後にしのびよるのは、あれは間違いなく、


「ハウレス!勝呂くんを守れ!」
『合点承知の助!!』


不浄王だ。やつめ、狙ったように勝呂くんの背後に。多少の知恵はあるらしい。
不浄王を倒すことはできないけれど、妨害くらいはできるはず。ハウレスはたちまち炎の壁をつくると不浄王の進行を見事に妨げてみせた。いやしかし、私の体力はがっつりごっそり削られてしまった。もう息をしていることすら自分でも分からん。


「ちとこ!!」
「小川、さん…!何でこんなところに!」
「説明は後で!とりあえず、っ、この壁、で、不浄王を止めとくけど…勝呂くん、この結界、は、あと、どれくらいもちそう?」


見る限り勝呂くんもだいぶ辛そうだ。勝呂くんの肩にいるのは、不死鳥…?私にもあまり理解はできていないけれど、時間は思ったよりもずっと、はるかにないらしい。奥村くんも刀を抜いていないようだし、この結界のことも、一体、私がいない間に何があったのだろう。


「持って、あと20分てとこか」
「に、20分!?何でだよ!!」
「俺の体がもう限界なんや…正直、20分も自信ない…」


考える暇もないか。私の体力も底尽きているも同然。火の壁も小さくなりつつある。さすがにまだ不浄王も近づいては来ないけれど、時間の問題だろう。


「子猫丸も志摩も…結局間に合わんかったな…ま、みんな…無事やとええけど…」
「無事に決まってんだろ!!」


奥村くんがそう叫んだ瞬間、壁を通り抜け、不浄王の手が、伸びてきた。ああ、しまった。壁がもうほとんど消えてしまった。クロがそこに飛び込んでしまって、たちまち胞子の中に消えていく。ああ、ああ。音が遠い、視界が暗い。でも、まだくたばれない。


「ハウレス!!」
『無茶のかたまりやな、ほんま…!』
「む、ちゃでもなんでもいいからっ!とにかく燃やせっ!!」


何が何だかはわからないけれど、とにかく一秒でも多くの時間を彼らに与えなければいけない気がした。奥村くんが刀の抜いていないのもなんとなくわかった。何かあればすぐ刀を抜いちゃう彼のことだ。刀を抜いていないんじゃない。理由はわからないけど、抜けないんだ。


「ちとこ!お前っ」
「奥村くん…なんで刀…抜けないのかわかんないけど…大丈夫。信じる者、に…助けは、あるの…。勝呂くんも、諦めないでよ…絶対だよ。私2人のこと、信じてるから…信じてるから…みんなで、帰ろ…」
「小川さん…!」


笑顔ってこんなに作るの難しかったっけ。力を思いっきり振り絞って笑えば、もうみんなの姿を見ることができなくなっていた。ドシンッと鈍い痛みが私を襲う。どうやら倒れたらしい。それと同時に呆れたと言わんばかりの関西弁が、私に声をかけてきた。何を言ったのかは理解ができなかった。
ああ、ああ。どうやら私はここで、意識を失うらしい。
お先に失礼します。