62

京都での不浄王との戦いが終わり、京都観光を漫喫した翌日、私たちは正十字学園に帰る予定だった。そのはずだったのに。霧隠先生に水着を買うように言われ、そうして一行がたどり着いたのがここ、熱海。
お仕事だ。
どうやら大王烏賊が太平洋沖に出没。討伐のためにここ熱海サンライズビーチにおびきよせる作戦らしい。
なぜ私たちなんだろう。こんなにも疲れ切っている私たちなのに。それとも疲れ切っているのは私だけなの?みんなわりとケロッとしてて恐ろしいんだけど。
大王烏賊が現れるまではここで待機。中2級未満の私たちは大王烏賊の吸盤から排出される偽烏賊掃除担当らしい。
そこまで骨の折れる仕事じゃないな、なんて、あんな戦いの後だから言えることなのかもしれない。

それから、大王烏賊が現れるまでちょっと遊んだりなんかして、時間をつぶした。大王烏賊が現れたと思ったらヘリを襲ったりして死者がでるかとも思ったけれど奥村くんお得意の自分に正直な行動で助かったり。この海に住む海神を"接待"したり。色々あったけれど、大王烏賊の討伐は無事済ますことができた。

とりあえず、私はようやく、家に帰ることができるみたい。

帰りの新幹線では約束通りクロの隣に座らせてもらったりして、やっぱりみんな疲れるんだろう、車内は話し声が一切聞こえなくて、みんなすやすやと眠っていた。

「ただいまーっと」

誰もいない部屋。なんだか色々ありすぎてすっごく懐かしく感じるな。電気をつけると無機質なあのカチカチ、ともパチパチ、とも言えない独特な音がして、部屋が明るくなった。

「……。」

ネイガウスさんに、会いたいな。今会いに行っていいのかな。結局あれから連絡なんてしてないし。
いやあ、でも明かりをつけるとそこにはプレゼントが!とか本人が!とかあるかなと実は心の中で思っちゃったりしたんですけどそれは内緒の方向でお願いします。相手はネイガウスさんです。そんなのないのは当たり前だしこれもフラグじゃありません。

「行ってみよう」

どうせ謹慎処分中の祓魔師は暇で暇でしょうがないだろう。こんなこと言ったら絶対屍番犬喚びだされるけど。
遠征での大荷物を適当にどさりと置いて私は再び玄関へ向かった。
がちゃり。靴を履きながら扉を開けて、ろくに前も見ずに私はその一歩を踏み出した。
でもそれは、真っ黒な壁に阻まれてしまった。

「…う、え?」
「……。」
「あ、あれ…?」
「…まぬけな顔だな」

いつものことだが。と呟きながら、許可もくそもなしにずかずかと私の部屋にあがりこむ。備え付けの全くおしゃれじゃない椅子に腰をかけた彼と、目が合った。

「…ネイガウスさん、」

目が合った、のに、ぐにゃりと視界が歪んだ。
真っ黒な髪、真っ黒な瞳、それに、眼帯。なになにこの人エスパーなの。なんでこんなすごいタイミングで現れるの。なんで開口一番まぬけとか言ってくるの。
溢れてきた涙を拭うことすら忘れて、こみ上げてくる嗚咽を必死でこらえた。
京都で起きたことは、本当に本当に怖かった。死ぬかもしれないとも思った。でも本当に本当に頑張ったの。だからいっぱい褒めてもらわなくちゃいけないの。そのために私は、この人にたくさん言わなきゃいけないことがある。
私はこの人の使い魔で、武器で、弟子で、家族。
あなたに伝えなきゃいけないことが、たくさんある。

「っ、ただいまネイガウスさん…っ」
「…おかえり、ちとこ」

私の帰ってくる場所は、ここしかないから。