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「あんた一体どういうつもり?」


目の前にはなぜかいつものようなしかめっ面の出雲ちゃんがいた。


「塾も学校も休んで、病気なわけでもないんでしょ」


奥村先生からレジュメを貰ったあと、結局私は塾に行くことができなかった。しまいには学校にも行けなくて、部屋にこもり気づけば数日が経っていた。
奥村先生や志摩くんが電話をいれてくれたりしたけど電話には出なかったし、部屋に誰か訪ねてきても扉を開けることはなかった。
なのに出雲ちゃんは、私の目の前にいる。
扉を蹴破って、私の目の前にいる。


「なんとか言いなさいよ」
「あ、の……」
「今日でフェレス卿から下った特別任務が終わった。あんたは一切参加しなかったわね」
「ごめんなさい……」
「あんたが塾をやめようが学園をやめようがどうでもいいけど、中途半端なのが一番迷惑なのよ!これから任務も増えてくるのに、足引っ張られちゃたまんないわ」


出雲ちゃんのお説教は私に向けているものなのに、どこか他人事のように聞こえる。
出雲ちゃんの顔も見れないまま、彼女の足元だけを見ていた。
申し訳ない気持ちはある。だけどそれ以上に心が浮かんでこない。そのまま重く、沈んだままでいる。
何も答えない私に彼女は苛立っているのはわかった。舌打ちをした彼女は一度、ドン、を足を踏み鳴らした。


「やる気がないならやめれば!?」
「い、言い過ぎだろ出雲!」


また、別の聞きなれた声だった。
私の視界にはまた別の足元が見え、思わず、顔をあげた。


「奥村くん……」
「私たちもいるよ!」


はっと、外をみれば、廊下には塾のみんながいた。
しえみに、志摩くんに、勝呂くんに、三輪くんに、宝くんまでもがいる。


「ど、どうして……」
「ちとこが心配でみんなで忍び込んだの」
「あー小川さん!誰か来た!」


部屋に入れて!
と勢いよく志摩くんが私の肩を押し、無理やりみんなが部屋へ流れ込んできた。
壊れた扉を無理やりはめ込み、そのまま、一息。


「ねえちとこ」


しえみの優しい声。気まずくて、恐る恐るみんなの方を向く。


「なにかあったの?」


しえみの暖かい手が、私の冷たい手を包み込む。
みんな心配そうに私を見ていて、じんわりと、じんわりと目が熱くなって、まぶたが重くなる。
ぽたりと手に落ちた涙は、どんどんと溢れてきて、とまる気配はない。しえみはどんなに私の涙が手に落ちても、私の手を放さない。


「ネイガウスさんが、ネイガウスさんが帰ってっ、こ、こないのっ。連絡もなくてっ、どこにいるかもわからなくてっ、わ、私っ、」


捨てられちゃった。
その言葉をすべて言う前に、ふわりとしえみが私を抱きしめた。
花のいい香り。暖かく柔らかい。


「そんなことないよ。先生はちとこのこと大好きだもん」


それからというもの、私はたとえ涙が出なくなってもわんわんと泣き続けた。
どこにいっちゃったの。
なんで連絡くれないの。
大好きならどうしていなくなるの。
子どもみたいに同じことを繰り返して、喚いて、それでもしえみは私をずっと抱きしめてくれている。

結局その騒ぎが寮監にバレ、みんなはやむを得ず撤収。
私は目を腫らしたまま、正座でお説教を食らうことになった。

心は少し、浮かび上がってきていた。