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あれからしっかり怒られたあと、私はドアの壊れた自分の部屋に戻った。もう誰もいない、自分の部屋。

「ネイガウスさん…」

この部屋には、ネイガウスさんのものはない。ネイガウスさんの香りもしない。ネイガウスさんの気配を全く感じられない。
それがすごく寂しくて、耐えられなくて、気持ちが歪んでいく。
でも、壊れたドアを見て、すう、と深く息を吸った。

「ひとりじゃない」

私は一人ではない。塾のみんながいる。わざわざこんなところまで来て、出雲ちゃんなんてドアを破壊した。

「ふうーーー……」

時間をかけ吸った空気を、また時間をかけてはいた。
少し心臓がどきどきした。
明日は休日。私が気持ちを整理するのには、少し短かったけれど十分な時間だった。



***


「こないだすみませんでした!小川ちとこ、無事復活です!」

月曜日、塾で私はみんなに頭を下げた。学校の方にもちゃんと行った。少し変な目で見られはしたけれど、クラスは学祭の雰囲気でつつまれていて、女の子たちからの意識も随分とそれていたように思える。

「やっぱり小川さんの笑顔見ると安心するなあ」
「元気になってよかったです」

志摩くんと三輪くんと奥村くんから拍手を送られ、恥ずかしかったけれどお礼を言った。
出雲ちゃんはいつもの仏頂面だ。
今日はしえみは休みみたいだから明日お礼を言おうと後ろの席に腰をかけると奥村くんが「あのさ!」と大きな声をだした。
どうやらみんなに話しかけているらしい。

「みんなダンスパーティ、どーすんの!?」

ああ、どうやらここでも学園祭ムードのようだ。
みんなは少し呆れたように奥村くんから顔を逸らした。

「…どーすんにゃろね…」
「どーすんにゃよ!!?俺ぜっってえ参加してえ!!だってきゃみーとかユーバーとかルーキーズとかすげーアーティストいっぱいくるんだぞ!?」

へえ、そんなんだ。しかも男女ペアじゃないといけないとか。
今どきそんな学園祭があったもんだ。まあメフィストさんが考えそうなことではあるな、と人事のように奥村くんの嘆きをきいていた。

「ちとこは?!」
「え?」
「出雲みてえに参加しねーの?」
「え、えええ」

男女ペアなんて、恋人なんていないのにどうするっていうんだ。生憎こちらの世界のアーティストは知らない人ばっかりだから、私にはどれほどすごいアーティストなのかも分からないし。
けど奥村くんは興奮しているようで、なんだかはっきり言えない雰囲気。

「小川さんが奥村とダンパなぞ行くか」
「す、勝呂くん、そこまでは思ってないよ…」
「つーか勝呂と、子猫丸はどーすんの?」

勝呂くんのおかげで奥村くんの注意はそれた。しかし奥村くんの質問に対して二人は期待通りの返答をせず、

「なんだよお前らそろってお通夜なのかよ!」

奥村くんはその長い巻尾をふりふりと振っていた。

「あのね。年一回の祓魔師認定試験が三ヶ月後に迫ってるのよ」

そして出雲ちゃんの一言で一気に現実へ。奥村くんには申し訳ないけれど、私も一発合格したいので正直お祭りモードではいられないのだ。
席を立った出雲ちゃんを追うべく、奥村くんに一言「ごめんね」と私も教室を後にした。