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「小川さん!俺とダンパに行きませんか!」

どうやら学園は今相当浮ついているらしい。
特Aでは脱出ゲームを出展することなって、すでにその準備で追われている。
私もまだ私を睨んでくる人はいるけれどなんとかクラスで女子の友だちができ、なんだかんだで学園生活を満喫していた。

「え、、と、」

クラスというか、学園の生徒が必死になってペアを探したり、これを気に告白をしたり、なんだか周りにもカップルが増えたような気がする。
私には関係ないと思っていたけれど、奥村くんや志摩くんみたいな感じだろうか、もう誰でもいいからペアになって!みたいな人が、ちらほら私にも声をかけてきた。

「ごめんなさい。私あんま興味なくて」

別に愛の告白ではないのだから、気にする事はないのだろうけれどやっぱり断るのもいい気分ではない。
落ち込んだ様子のその子は「そっか」と踵を返し、お友達のところへ戻っていった。次行くぞ次!とまるでサラリーマンの飲み会のように肩を抱き合い、なんだか楽しそうだ。

「ダンパかあ」

そんなに楽しいものだろうか。誘われているうちにだんだん興味が芽生えてきた。
かと言って誰でもいいから行きたいってわけでもないし、なにより認定試験が迫っている。
私も、一発合格くらいしなきゃ、ネイガウスさんに顔向けできない。
手騎手の称号を、どうしてもとらなきゃいけないのだ。
ネイガウスさんが帰ってきた時に、自慢できるように。

「小川さん」
「あれ?勝呂くんだ」

やっほーと些か古い挨拶をする。勝呂くんも手をあげ、それに応えてくれた。

「小川さんも大変そうやな」
「え?なにが?」
「……ダンパ」
「ああ」

勝呂くんほどじゃないよ。とわざと言ってみた。すると勝呂くんは深いため息をつき、項垂れてしまった。言うべきではなかっただろうか。

「でも可愛い女の子に誘われたら満更でもなかったり?」
「そりゃあ、気持ちは嬉しいけど」

再び深いため息。なんだかよっぽどお疲れのようだ。私も何回か断った身として、その苦労は少しだけ分かる気がした。

「でも私も勝呂くんとだったらダンパ行きたいかもなあ」
「げほっ」

何の気なしに言った言葉だった。けれど勝呂くんは噎せてしまい、私の方を見て固まってしまった。
あらどうしたのかしら。と考える前に、私も気づいてしまう。

「あ、いや、ちがうの。深い意味はないの。なんかほら、勝呂くんとか、塾のみんなとだったらあまり気を使わないし楽しめそうだなあって。だからそんな邪な考えはないよ全然ないよ」

ちょっと恥ずかしいじゃないか。こんな時ほど口は回るものだ。
ね!とまるで自分に言い聞かせるように笑えば勝呂くんは咳払いを一回。せやなと返事をした。

「私も認定試験一発合格したいし、遊んでる暇ないしね」
「小川さんは何を受けはるん」
「手騎手と医工騎手。両方一発とまでは思ってないけど、やれるだけはやってみる」
「…そうか。頑張ってな」
「うん。勝呂くんも」

一発合格がんばろう。と手のひらを裏にし、勝呂くんに差し出す。一瞬何のことかと目を丸くされたけど、すぐに理解したようだ。少し恥ずかしそうに、私の手の上に自分の手を重ねた。

「おー!」

勝呂くんの手とともに私は腕を大きくあげる。やっぱり勝呂くんは恥ずかしそうで、それを見て私は笑ってしまった。
私は頑張るよネイガウスさん。
だから早く帰ってきてね。