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「ボーロの時間ですよお」

学園祭をとくに楽しむこともなく、私は寮に戻り魍魎と戯れる。
最近というもの、忙しくて魍魎たちにかまってあげる時間が少なくなった。
お菓子をくれと騒ぐ時もあるけれど、それでもいじけてイタズラとかはしないから可愛いものだ。
集まった魍魎たちに1粒ずつボーロをあげていく。魍魎たちは増えに増え、1度にあげる量がかなりえぐくなってきた。
甘やかしすぎだろうか。公園の鳩とか、野良猫とか、餌をあげている人はいるけど、それで迷惑している人もいる。私はそんな人になっているかもしれない。

『せやなあ。ここまで増えると考えもんやなあ』
「っう、わ!ビックリした!!」

久しく聞いていないけれど聞き覚えのある声。そしてどこか辿々しい関西弁。
突然私の横にぬっと現れた巨体に、思わず私は手に持っていたボーロをバラバラと落としてしまった。

「……ハウレス」
『久しぶりやなあ。授業でも呼んでくれへんかったから、寂しかったんやで?』

豹の姿のくせにめちゃくちゃ表情豊かに悲しそうな顔をする。すごくわざとらしいけれど。
なぜ呼んでもないのに出てくるかと問えば『わいの力があれば造作もない』とえらそうに、大きな前足を私の肩に置いた。

『ちとこなあ。とりあえずは下級の悪魔から使い魔にっちゅー気持ちは分かるが、わいのことも手懐けな、ちとこの命令に従うのも嫌になってまうぞ』
「ご、ごめんなさい」

そうなのだ。私は京都のあの一件以来、ハウレスに会うのはネイガウスさんに見せびらかしたくらいで全然召喚していない。
ハウレスを喚ぶとめちゃくちゃ疲れるし、身の丈にあった悪魔を使い魔にしようと、ゴーレムやサラマンダーの召喚を練習していたのだ。

『まあ、まあ。それはええねん。理解出来なくもない。ただ今日は、』
「う、うん」
『嫌な未来が見えたから』
「……、なに、それ?」

うんうん。と頷き、ハウレスはどっかりとその場に座り込んだ。
ハウレスは、未来について正しく答えることができる。私はまだそれを利用したことはないし、あまり利用しようと、思ってもいない。いずれ任務できくことがあれば、使うだろうけれど。
でも、まさか自分から言ってくるなんて。よほどのことがあるのかと、私はじっと、ハウレスがまた話し始めるのを待つ。
自分から聞いて後悔することを、避けるために。

『…ま、近々旅行ができる、とだけ言っとくわ』
「えっ」
『未来聞く覚悟がないやつに、振る話やなかったな』

全くの図星である。でも自分から言い出したことなのに、少しずるい。

『気いつけや』
「え?」
『もう目、つけられとるで』

ゴロゴロ、猫みたいに喉を鳴らし頭を擦り付けてくる悪魔。これがクロだったらもっと可愛いのに。とぼんやり思ったことも、この悪魔にはお見通しのようだ。ギラリと鋭く睨まれる。

「目をつけられてるとは」
『ちとこは悪魔にモテモテ、ちゅーこっちゃ』
「いや、全くわからない」

この悪魔ちゃんは突然出てきて突然わからないことを言って、なんなんだい。わかりやすく説明してくてたっていいのに。
私の不服そうな顔はよほどブスだったのか、ハウレスはケラケラと笑っていたが、数秒後、その笑いをピタリと止め、怖いくらい真面目な顔になる。というか、少し怖い。

『何があっても、自分を見失うなよ』
「…え?」
『わいは、ちとこを裏切ったりはせえへんから』
「なにそ……れ」

意味深なことを言って、ハウレスは消えた。本当になんだと言うのだ。
見失うとか裏切るとか、近々何か起こるに違いないじゃないか。しかもわざわざハウレスが忠告しにくるなんて、よっぽどのことか。
もう少し詳しく聞いてみようか、と思って、やめた。
ハウレスの言うとおり。私に未来を聞く覚悟は、ない。