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人からの好意って、たまにどこか不気味だ。

「好きです。俺と付き合ってください!」

学園祭2日目。私は名前も知らない男の子に呼ばれ、なぜか公開告白をくらっていた。
女の子の悲鳴に近い声。男の子の楽しそうな叫び声。どちらもとてもうるさくて、思わず肩が上がった。
お祭り騒ぎ。野次馬大勢。
傍からは素敵に見えるかもしれない。だけど、私はこの人と長いお付き合いでもないし、むしろ話したことすらないのに、こんなところで告白するなんて、卑怯だ。

「ご、めんなさ、い…」

やっとの思いで声を絞り出した。大ブーイング。告白してくれた男の子は死ぬほど落ち込んだ顔をしていて、その子周りに友だちが駆け寄った。

「もっと考えてやれよ!」
「こんな大勢の中で頑張って告白したんだぞ」

こんな大勢が見てる中で頑張ってお断りする勇気は誰も褒めてはくれない。
げんなりする。周りの空気にまかせてじゃないと告白できない男の子を私は好きになったりはしないんだと、この時初めて知った。
……今、将来を左右する大事な試験が目前に迫っていて、尚且つ、家族同然の大切な人が行方不明になっている。恋愛どころではない。
と、もっともな理由をここで大きな声で言えたなら。当然周りは引くだろうし、私だってそんなこと言いはしないけど、無性に腹が立って申し訳なさそうな顔すらできない。きっとムスッと顔を歪めている。

「あっれ?小川さん、どうしはったん?」
「なんやこれ」

そんな中、ばっちりなタイミングで現れたのは勝呂くんと志摩くんだった。見慣れない、黒いスーツを着ている。ああ、そうか。ダンスパーティーのスタッフの格好だ。
私とその男子を囲むようにいる生徒をかき分け、その様子を見て志摩くんはハッと手を口に当てた。

「坊!ぼくらおじゃまとちゃいます?」
「は?」

さすが志摩くんは聡くこのイベントに気がついたようだが、勝呂くんは分かっていないようだ。志摩くんが勝呂くんの背中を押しそそくさと立ち去ろうとするが、い、いや、ちょっと待った。私を見捨てないでとアイコンタクトを送ると、志摩くんはきちんと気付いてくれて、バチりとウインクを返してくれた。

「あ、あ〜…せや!小川さんに聞きたいことがあってん〜。ちょっと来てくれへん?」
「わ、わかった!……ほ、ほんとに、ごめんなさい!」

もはや謝罪に返事もない。私は冷ややかな視線を振り切るように志摩くんに着いていった。ここで勝呂くんも何か勘づいたらしく、気まずそうに謝られてしまった。しかし、謝る必要がどこにあるというのだろう。むしろあそこから逃げられて大助かりだ。

「本当にありがとう。助かった」
「かまんよ。小川さんもやるなあ」
「学園祭の空気と若さがそうさせるんだろうね」
「ぷっ!それ、高校生のセリフちゃうで」

志摩くんに笑われてなんとも複雑な気持ちだ。やばいんですけど、ウケる。とか言った方がマシだっただろうか。

「二人とも、これからフェスの準備?私も奥村くんのクラスの出店手伝うことになったんだ。がんばろうね」
「は?なんで小川さんが手伝うんや」
「奥村くんにスタッフが足りないからってお願いされちゃって」
「あいつ……」

また小川さんに迷惑かけて。となぜか勝呂くんは怒っている。まあ、迷惑っちゃあ迷惑だが、本当にやりたくなければ断っていただろうし、心のどこかでダンパが気になっていたんだろうな。

「衣装がなんだか可愛すぎて恥ずかしいんだけどね。せっかくだから雰囲気楽しもうかな」
「え!どんな衣装!!?みたい!」
「志摩、やめい」

ぐおっと食いついてきた志摩くんに、すかさずチョップをした勝呂くんは、「ほな、お互い頑張ろう」と志摩くんの首根っこを掴んで会場へと向かった。
昨夜、ハウレスに言われたことなど、すっかりと忘れていた。
私の意識は、ここで途絶えている。