79

「出雲ちゃんがイルミナティに連れていかれて、ちとこもいなくて、みんな心配してたんだよ」
「私も学祭中、勝呂くんと志摩くんと別れてから記憶がなくて…気がついたらここにいたの」

クロの背中に乗り、奥村くんを追いかけている最中、私は頭部に傷をおったしえみの簡単に止血をしながら私がここにいる経緯を話す。
拘束されて、光の王ルシフェルに会ったことも。
手錠は奥村先生に壊してもらい、手首には少しアザができていた。
でもちとこが無事でよかった!と、しえみが抱きしめてくれ、その柔らかさと温かさに、私はやっと、安堵することが出来たのだ。
すると、おそらく奥村くんや出雲ちゃんがいるであろう真下、奥深く。凄まじい衝撃音とともに青い炎の光が見えた。

「!兄さんか!?急げ!!」

クロのスピードがぐんとあがる。そしてようやく先の光景が見えてきた。
大量の、屍人の姿。そして、その中心に、奥村くんと、九尾の耳と尻尾をはやした、出雲ちゃんの姿がある。

「まずい!」

おそらく2人は襲われているだろうその光景を目にして、いち早く動いたのは勝呂くんだった。バズーカを手に取り、詠唱すると一気に撃ち放つ。
それは見事屍人に命中した。

「みんな!助かった!!」
「!その人は!?」
「出雲の母ちゃんだ。クロに乗せてくれ!」

奥村くんは出雲ちゃんのお母さんを抱えていて、すぐにクロの背中に乗せた。全身を包帯で巻かれて、イルミナティが行っていた実験を想像してしまい、ゾッと背筋が凍った。

「神木さんは悪魔の憑依状態だ!一刻も早く専門の祓魔を施さないと…」
「もう…手遅れよ…!早く…言って!」

駆け寄った奥村先生の手を払い、出雲ちゃんはなお私たちをつっぱねる。
そうされてしまっては、ただ純粋にあなたを助けたい私達は一体どうすればいいと言うのだ。
彼女をこうしてしまったイルミナティが心底許せない。誰かを信じることを諦めてしまった、そんな彼女にしてしまったイルミナティが、許せない。
そう考えている間にも屍人は私たちを襲う。武器も奪われてしまった私は戦うことも出来ず、情けなくクロにひっついて、出雲ちゃんのお母さんの様子をうかがう。ひくり、と、目がすこし、動いた。

「誰も…あたしを助けられない!!」

大きく、高らかな笑い声。目は黒く、血を吐き、皮膚が爛れ、不気味に口角を上げて笑う出雲ちゃんの姿は、きっと、もう出雲ちゃんではない。九尾なのだろう。

「くっ、奥村先生!九尾はどう祓魔するんですか!!」
「古の強力な上級悪魔です。まだ明確な祓魔方法は解明されていないはずです。むしろ神木家がその専門家なんです!神木さんのお母さんの意識が戻れば…!」

その時、目が、開いた。出雲ちゃんのお母さんの、目が。
そしておもむろに彼女は起き上がり、クロから降りると、その目の前の光景を、凝視した。

「ああ…見える…。出雲…」

そして包帯からのぞく、生気のない唇から、とても繊細で、美しい声が、つむがれた。

「我が娘の御霊屋に鎮奉らるる玉藻御前の御霊に請祈願白し給う」

攻撃を繰り出す九尾を華麗に避ける。それはまるで、舞のように。

「皆さん!!僕達で周囲の屍人を一掃します!2人に屍人を近づけさせないようにするんです!」
「よっしゃ!」

奥村先生のその言葉にみんなが頷き、屍人を蹴散らしてゆく。

「っっ!ハウレス!!お菓子あげるから、出てきなさい!!!」

私も、クロの背中に隠れている場合ではないだろう。
魔法円も武器もないが、きっとあいつは現れる。
私が信じているから。絶対に、きてくれると、信じているから。

「ハウレス!!」
『はいはいはいはい呼ばれて飛び出てジャジャジ』
「よし!屍人を焼き尽くして!!」
『最後まで言わせてー!!』

白い煙を上げて、ほら、来てくれた。ハウレスはどうやら信用とか、信頼にめちゃくちゃ執着がある。自分を信じてくれない人のところには現れないし、力も貸さない。私が心の底から彼のことを信頼すれば、魔法円も、詠唱もいらない。
辺りが火の海にならない程度に、ハウレスは一体ずつ丁寧に屍人を燃やしていく。彼にこんな気遣いができるなんて、思わなかった。

「出雲ちゃん…。私、しえみと朴ちゃんと出雲ちゃんと、4人で女子会いっぱいしたいんだから!だから、出雲ちゃんは、こんなところにいる場合じゃないんだよ!」

その言葉が彼女に届いていたのかは分からない。出雲ちゃんのお母さんと、出雲ちゃんの動きがピタリととまり、すると出雲ちゃんから九尾の姿がきえ、お母さんの体にうつっていくのがわかった。

「神木さん!」「出雲ちゃん!!」

そのまま倒れ込む出雲ちゃんに私としえみはかけつける。
よかった、意識はしっかりあるようだ。

「う、うそだろ!?出雲のデータが、どこだ!?どこに消えた!!?」

出雲ちゃんから九尾をデータをとっていたであろう外道院が喚く。
出雲ちゃんから九尾が出て、出雲ちゃんのお母さんの体に戻ったことによって全てデータが失われたようだ。

「九尾は私の中に戻ったわ。そして私の肉体と一緒に死ぬの。…あなたの目論見も…ここまでね」
「母さん!!」

そう言い、彼女は倒れた。出雲ちゃんがかけより私としえみもそれに続く。
よかった、ごめんね、と彼女は消え入りそうな声で、微笑みながら出雲ちゃんに語りかける。
どうして今更こんなことをするのよ。なんて、やはり素直じゃない出雲ちゃんの言葉に、彼女は出雲ちゃんを抱きしめるように、頭の後ろに手を回した。

「玉ちゃんの、宝物」

それは紛れもない、母の姿。思わずもう二度と会えないかもしれない自分の母の姿を思い浮かべ、重ねた。
泣きじゃくる出雲ちゃんの頭を、あやす様にポンポンとたたいて、彼女はまた、にっこりと微笑んだ。

「大丈夫…。みんなそばにいるわ。月雲も…ウケちゃ…ミケも…だから、……だ…い…じょ…………」

その言葉を最後に
出雲ちゃんのお母さん、神木玉雲さんは、死んだ。