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「立花。最近潮江がキモいのだが」
「あいつはいつでもき文次郎だ」


まあ、確かに。とか頷いている場合ではない。これは由々しき事態である。
前にも紹介したことのある、六年い組の潮江文次郎。あいつが、最近どうにもおかしい。いつにも増して、キモいのだ。いつものうざさを1もんじと例えるならば、最近は198もんじくらいキモい。あれはおかしい。とにかくキモい。


「貶すと照れる」
「は、」
「罵ると、喜ぶ…」
「ちょ、ちょっと待て…」
「それで…、それで『もっと』って!求めてくるんだ!!」
「……!!!」


あれは忘れもしない一昨日の出来事。
私がいつものように山田先生と土井先生の部屋に押しかけてもう寝ろと部屋を追い出された帰りの出来事だ。


「ギンギーン!」
「やってるなあ」
「っ!初子!」


鍛練バカのそいつの声がどこからともなく聞こえてきて、声くらいかけてやるかとその方向へ足を向けた私がバカだったのかもしれない。
私を視界に入れたそいつは少々顔を赤らめ、だけど嬉しそうに私の名を呼んだ。


「初子も、鍛練か?」
「いいや。私は…いつもの帰りだ」
「…そうか」


ちなみにいつものというのは私が土井先生と山田先生の部屋に押し掛けて追い出されることである。
それを伝えると潮江はぐい、と手ぬぐいで汗を拭うと満月の夜空を仰いだ。いや、なんだこの雰囲気は。おセンチか。あんたおセンチですか。と思わずつっこみたくなったがあえて口を閉じておく。デリカシーってやつだ。


「どうかしたの、浮かない顔して。きもちわる」


無理だった。
どうやら脳内や心と私の口は連結しているらしい。しまった、傷つけたかな…?と後々後悔してみるも、それは呆気なく無駄に終わる。


「…っ!」
「……。いや、なんで赤面?」


そいつは顔を真っ赤にして私を見つめた。
いやいやいや、どこの乙女だよあんた顔おっさんのくせして。
というか、今は照れる場面ではない。


「なに顔赤くしてんだ。まじきもい」
「も、もう一度…」
「ん?なに?」

「もう一度言ってくれ!!」


コ ワ レ タ !
もう完全にコワレタよこいつ。きもいと言われて、この反応。う、うわ、間違いない。こいつは…!


「ああその目!その目がいいんだよ!俺の胸を突き抜けるその冷ややかな視線がたまんねぇ!」
「たまんねぇってお前キャラどうしたまじでキモ!死ねよ!」
「っ、そ、そんな…」
「照れんなああ!全然可愛くねーんだよ!」
「やばい、その顔すげぇそそる…」
「ぎゃああああ!!!!」


身の危険を感じた私はお得意の気配を絶つことでなんとか潮江から逃れることができたのだが、そいつはあろうことか毎日、毎日毎日私の前に現れては自ら罵倒を浴びようとする。
いい加減、殺意が芽生えてきた。


「…と言うわけだ。殺していいか?」
「私が許そう」


よし。同室の奴には許可をもらったことだし、いくか。



(潮江くんとバイバイ)

「潮江、死ね!」
「お、お前になら何されても…っ」
「ぎゃあああ!なぜ喜ぶ!なぜ顔が赤い!やっぱ無理!立花さん!立花さぁぁああん!」
「勝手にやってろ」