17

「普通に生きたい!」
「一体何を言い出すの」


同室のツユコが変な目で見てくる。
でも私はお構いなしにまた訴える。


「でも忍者もしたい!」
「あーはいはい。この間の忍務が堪えたのね」
「うん、そう!」


私は欲張りだ。自分でも思う。人なんか殺さずに、なんか、ほら、かたぎの仕事なんかしたりして。でも忍者もしたいんだよ。
そりゃ結婚はできる。忍者でも結婚はできる。
でも真っ当には暮らせない。
いや、もう真っ当に生きるには遅い。
諦めた。潔いんだ私は。大体、今までにも色んな忍務で人をぶっ殺してきたわけですよ?無理無理。到底無理。


「ふふふ、さあ!この欲にまみれた私を笑うがいい!さあ!サブァッ!!」
「うるさい」


騒いでたらツユコに強烈ビンタをいただいた。ツユコの手、薄っぺらいくせにすげぇ痛い。
泣く。これは泣く。


「私は行儀見習いだし、忍務もないし、あんたの気持ちは分かんない」
「ツユ…」
「でもさ、いっぱいいるじゃん。表向きは団子屋さん、裏向きは忍、とか。隠士って言うんだっけ?」
「…うん」
「どっちかじゃなきゃダメなの?」
「そんなことない」
「…はあ。あんたの覚悟さえありゃ、何だってできるわよ。この弱虫」


そうかな。そうよ。そっか。
言い切るツユコが、とても強くて頼もしい存在に見えた。そっか。そっか。と呟く私に、ツユコはため息ひとつ。呆れた顔で私を見た。


「余計なお世話かもしれないけど」
「うん」
「私はあんたに、先生とかになってほしいわ」
「…、ああ!」


ドタドタと廊下をもの凄い勢いで走っていく。
向かう先はもちろん、土井先生と山田先生の部屋だ。


「どかーん!!」
「うわ!?」
「な、なんだ!…佐倉」


ピシャッと障子を開き意味もない言葉を叫ぶ。十分に驚いたのか、お二方はパチリと目を瞬かせた。


「私、先生になろっかな!忍術学園の!」
「「はあ」」
「なにその反応」
「いや、突然すぎてだな」


茶をすする山田先生に駆け寄り、隣にドカリと座る。
満面の笑みを見せれば、なぜか怪しそうな顔をされた。つくづく酷い。続いて土井先生を見てやると、苦笑いを浮かべていた。こちらもちょっと酷い。


「本気!」
「佐倉、お前、結婚はいいのか?」
「だから利吉さんと結婚する!ていうか山田先生も既婚者だし結婚は大丈夫でしょ」
「利吉はやらんと言っただろう」
「けち」


そう、目から鱗ってやつだった。私は忍術学園が好き。卒業なんてしたくない。今のままがいい。ずっとそう思っていた。じゃあ、ここから離れなきゃいいじゃない。私がここに、就職すればいいんだ。


「そして、学園長の座は、私がいただく!」
「あほか!」
「いたっ」


土井先生にバコッと頭を叩かれて、思わずその場にうずくまった。いつからこんな暴力的になったんだこの先生。
キッと睨もうとすると、そこには嬉しそうに笑う二人の顔が。
不思議に思って、首を傾げた。


「なんで笑ってんの?」
「ははは、いや、なあ」
「ほら、もう長屋へ帰りなさい」
「?はーい」


よくわからないが、私は取り敢えず部屋を出ていくことにした。よし、夢が出来た。
先生になるっていう夢が。
…いや、しかし、やっぱ団子屋さんと小物屋も捨てがたいぞ。



(夢と理想)

「先生私やっぱ団子屋とか小物屋もやりたい!」
「……。もういいから、帰りなさい」