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ふ、と思い出した。忍術学園に突然現れたまだ顔も見ぬ女のことを。


「え?ああ、天女?」


あの時天女の顔を拝みに行ったくのたま隊は天女のことを「ただの人間ね。それもかなり馬鹿よ」とすっかり興味をなくしてしまった。どう馬鹿なのかは詳しく聞いてないけど何となく分かる。だって自分は未来から来た天女だなんていうくらいなのだから。これは警戒するに値しないほどの人物だと、くのたまたちは判断した。だから私もそれを信じ、特に関わろうともしなかった。
しかし天女が来てから一週間、私は学園内で彼女を見かけない。だからふと思い出して、近くの友人に訊いてみたのだ。そしたら友人はそんなことも知らなかったの?とため息まじりにこちらに体をむけた。


「忍たまになったわよ。忍たまに」
「…は?」


そしてその答えは、意外すぎるものだった。


「天女は女でしょ?」
「そう。でも忍たまになったの」
「…それってアリなの?」
「知らないわ。学園長先生が決めたことだもの」


私に訊かれても。と友人は肩をすくめた。それもそうだ。悪いね、ありがとう。そう友人に言い、私は席についた。天女騒ぎがあって忍たま区域にはあまり近付かなかったけど、まさか天女が忍たまになるなんて。少し興味が沸いた。一週間ぶりに足を運んでみようか。あいつらにも会いたいし。私はゆっくり立ち上がると、一人教室から出ていった。
とは言っても、どこにいるんだろう。そういえば天女の齢を聞いてなかったな。何年生なんだろう。ていうかどこで寝泊まりしてんだ?歩きながらぼんやりと考える。けれど、そのうち会えるだろうと考えるのをやめた。立花とか中在家あたりに聞いたら知っているかもしれないし。図書室にでも行くか。


「中在家ーっと、なんだ、きり丸だけか」
「っ!な、なんだ初子先輩じゃないっすか」
「おう。何びっくりしたの?初子先輩だよ」


図書室にいたのはきり丸だけだった。利用者もいないようだ。今は掃除をしているようで妙に煙たい。そんな中可愛いことにきり丸はこの大きな猫目をきらりと輝かせて私のもとへと駆け寄ってきた。ああなんと、小さき忍たまは癒されるのであろう。


「初子先輩!俺会いたかった!」
「きり丸。私ちょっと感動しちゃったよ。ねえ抱き締めていい」
「先輩なら、タダでいいっすよ!」
「ありがとう、きり丸」


ぎゅっ、子供特有の小ささと柔らかさがなんとも言えない。なんか変態ぽいな。でももうちょっとこの幸せな時間を過ごしていたいなあなんて。たまにバイトを手伝わされるけど本当に、弟みたいな存在。大切な存在、だから気になるんだけど、


「…何かあった?」
「え?」
「きり丸がタダなんて、めずらしいなと」
「…そうでしたっけ」
「言いたくないならいいんだ」
「……綴さん」
「ツヅル?」
「先輩たち、その人の世話で忙しいらしくて」


ツヅル、とは。はて誰のことか。なんて大体見当はつく。あれでしょとんちんかんなこと口走る天女様。先輩たちがそいつの世話で忙しいと。少しまだ話が把握できていない。説明を促すときり丸は寂しそうに、ここ最近のことをポツポツと話しはじめた。まあざっくり整理すると、こうだ。惚れたらしい。上級生忍たまが、そのツヅルとかいう、天女に。


「天女は忍たまになったんじゃ?」
「三年に転入っす。でも素人で不馴れなことが多いからって」
「…斉藤のときはそうだったけ」
「これほどでは、ないですよ」


どうかしてる。ぼそりと呟かれた声はきちんと私に届いていた。斉藤のように一年の授業を受けることもあるみたいで、ちょうど今日の午前教科の授業には組に出席したらしい。でもなんかその人、よくない感じがするんだって。は組の勘だ。天女、名は木佐木綴。そいつと関わるとろくなことがないときり丸たちは組は悟ったようだ。


「絶対綴さんは学園を乗っとるつもりっすよ。それも色で」
「おおお…色仕掛けかよ……」
「そりゃ俺たちみたいなよいこには効きませんよ」


まあ確かにな。思わず苦笑い。逆に色にまだ疎い一年生には天女の色は効果がないらしく、二年もまだ天女に落ちてはないらしい。三年に関しては嫌われてるような。ところがどっこい上級生。次々と天女にお熱らしい。ううむ。あろうことか上級生かよ。話によれば委員会活動も疎かにしているみたいじゃないか。


「ムカつくんすよ」
「きり丸、」
「分かりもしないくせに分かったように言われんの」
「なに、えらいねすごいねとでも言われたの?」
「…言われたんです。初子先輩に言われるのは全然嫌じゃないんすけど」
「やたらと可愛いね今日」


天女、ねぇ。呟きながら、顎を撫でた。まだ顔も知らぬ女のことを考えながら。そいつは空から降ってきて、そいつは妙ちくりんな格好をしていて、そいつはおかしなことを言う。そいつは次々に忍たまを手玉に取り、きり丸もそいつの美貌は認めるらしい。天女、天女、か。


「案外、絵空事でもないかもね」
「初子先輩…?」
「取り敢えず私は余程のことがない限りは天女と接触は避ける。だけど助けにはなるよ。困ったことがあったらいつでも言って。委員会も手伝ってあげる。もちろん、タダだ」
「…っ!ありがとうございます!」


というわけで、私は取り敢えず天女と接触することをやめることにした。何やら嫌な感じしかしない。天女だなんて、得体が知れないじゃないか。幽霊とかそういうの私だめなんだよね。しかし可愛い後輩たちは心配なので、今日はこちらにも出向いたことだし委員会でも回ってみよう。



(よいこの不安)
恋慕か嫌悪かはたまた好機か