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※流血表現注意




「学園長先生。ただいま戻りました」
「……竹谷八左ヱ門とヤナエはどうした」
「それが…」


忍術学園に帰りつくと、ヤナエを保健室に置いてすぐに学園長の庵を訪ねた。案の定、私しかいないことを指摘され、先程までの経緯を説明する。学園長は何も言わなかった。
粗方いい終えたあとで、私は両膝をつくと畳に額を擦り付けるように頭を下げ、深く息を吸った。


「忍務再倒の許可を」
「…よかろう。しかしお主一人だけでは荷が重いじゃろう」
「いいえ。一人の方が行動もしやすいです」
「……行きなさい」


ありがとうございます。感情のない言い方だと思った。私は庵を失礼すると早々に門に向かう。
途中、青紫の集団を見かけた。真ん中にはポツンと背の低い萌黄色がいて、思わず、その光景から目をそらした。
そうか、もう夜明け。ああ、なんて幸せそうな表情なのだろう。だけど喜ぶことはできなくて、あの中に竹谷がいないことも悲しくて、学園を出る際に小松田さんに顔色がよくないよって心配されて、苦笑いしかできなかった。


「…あれが天女か」


五年に囲まれた目麗しい女の姿。年は同じか少し下くらいに見える。あの容姿ならば、うん、男を虜にしても仕方がない。仕方がないとは思うのだけど。
ぐらりと足がもつれた。何とか踏みとどまり転ぶことはなかったが、さすがに疲れが出て来はじめたか。無理もない。眠っていないのだから。でも退くわけにはいかない。竹谷のことも心配だが、これ以上自分を嫌いになりたくないんだ。
あの時富松に何か声をかけていたら、富松は私に笑顔を見せてくれただろうか。あの時ヤナエを止めていなかったら、竹谷はさっきの青紫の中にいることができたんだろうか。それは誰にも分からない。だけど、私の脳内をぐるぐると駆け巡る。


「ごめんね」


人として、忍としてというよりも、お前たちの先輩として、竹谷は無事に連れて帰ろうと思う。だから、竹谷、どうか死んでいてくれるなよ。





/竹谷視点




ああ、しくじった。冷たい地面に触れている頬が痛くなってきた。五年になってからやけに増えた忍務。最初は慣れなかったけど、上手くやっていたと思う。なのに、情けねえ。誰にも聞こえないくらいの大きさで、呟いた。城内に侵入中にまんまと見付かってしまったのだ。逃げたには逃げたけど、甘かった。敵の多さに対応ができなかった。色々俺から聞き出そうとまだ殺されてはねえけど、それも時間の問題。
聞き慣れた狼の咆哮を、俺は歯を食い縛りながら聞いていた。
独房にぶちこまれて、どのくらい経っただろう。少し明るくなってきた。…初子先輩はちゃんと俺の意思を尊重してくれたらしい。でも、ごめん。正直に言う。戻って来なかったら先に帰ってくれなんて本心じゃない。実際こうなるとは思ってなかったけど、あー、ザマないわ。そういえば俺、最近鍛練してねぇし自業自得だよな、これ。そんな風に自己嫌悪しながら、ただ自分が死ぬ時間を、俺は待っていた。


「あー…死にたくねえ」
「死なせないって」


返ってこないはずの返事が、返ってきた。しかもそれはまだ真っ暗な夜中に、聞いたはずの声で、まさかと思って顔をあげると、鉄格子の向こうには全身が血まみれのくせして、怖ぇくらいに綺麗に微笑む初子先輩の姿があった。


「な、んで…」
「忍としてお前は見捨てた。だから先輩として迎えに来てやったんだよ。ほら、帰ろう」


丈夫そうな錠前が初子先輩によっていとも簡単に外される。きっと色んな忍務で身に付けてきたんだろう。解錠用の工具は随分と使い込まれているように見えた。
それにしても見張りはいなかったのか?それは質問しなくても、何となくわかった。先輩が血まみれの理由。涙が出そうになった。俺のために、先輩はこんなに汚れているんだ。
手首を拘束していた縄も切ってくれ、先輩は立つように促した。だけど足に力が入らねえ。これまた情けないことに、俺が逃げねえようにって足を潰されてしまったんだ。腫れ具合からして、折れてる。それに気付いた初子先輩が俺の腕を引き上げた。何かを言うわけでもなく俺は少し驚いて、それで気がついたら、俺は先輩におぶられていた。


「初子先輩っ!お、重いですよ!」
「女の子かお前は」


だって先輩があまりにもすんなり俺を引き上げるから。思ったよりもずっとしっかりとした体つきをしていて、男の俺が言うのもあれだけどなんていうか、逞しかった。いや、ゴツいとかそういうことじゃない。ただ頼もしい。俺よりもずっと小さい背中は、俺よりもずっと大きく見える。そう考えると一気に恥ずかしくなって、急に暑くなった。男がおぶられるなんて情けねぇし、体が密着してるんだって思うと、余計に。
でも、俺は甘ったれてただけだということをすぐ知ることになる。


「竹谷、竹谷……ごめん、」
「初子、先輩……?」
「も……前、が、見え、な……」
「うわっ!」


ぐらりと体が揺れた。そのまま俺たちは倒れ混んで、地面にぶつかった。何が起きた、なんて、考えるまでもない。おぶったせいで俺の下敷きになっている先輩の上から足の激痛に耐えながら退く。初子先輩?名前を呼んでも返事はない。体を起こそうと腹に手を回せば、ぬちゃり、と不吉な音が響いた。


「…血、だ」


独房で見たときも確かに血まみれだったけど、ここまでではなかった。それに、あれ、出血している?急いでうつぶせだった体を翻し、装束を裂く。露になった腹は肌の色が確認できないほどに血で濡れていた。脇腹には赤黒い血の溢れる大きな傷が見受けられた。まさか、そんな嘘だろ。だってあんなに笑ってた。軽々と俺を抱えた。山だって下った。てっきりこの装束に張り付いた血は、返り血なのだと、思い込んでいた。


「せんぱ、い…先輩!初子先輩!!」


いくら呼んでも返事はなくて、血の気のない先輩の顔が恐ろしく、俺は目の前が真っ暗になった。




(しんだのだとおもった)
だってそんなかおをしているんだ