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天女を殺すか、他になにか案を出すか、それとも。あれからなにも答えが出ずに、また夜が明けた。
医務室で療養していると帰ってきた三反田に「さっきの、気にしないでくださいね」と気を使われてしまった。
私が迷っているのを、三年生はみんな察してしまった。
こんな腑抜けにはもう頼ってこないかもしれない。迷っているのは私なのに、それはとても寂しくて、心が痛んだ。


「佐倉、入るぞ」


もうどうすればいいのか。考えすぎて熱が出そうだと頭を抱えていると扉の外から男の声。私がもうずっと聞きたかったその声。


「土井先生…」


なんてことだ。あの土井先生が見舞いに来てくれた。感動のあまり泣きそうになっているとその後から「私もいるぞ」と渋い声。
なんてことだ。山田先生までいるとは。まさにサプライズ。今日はお誕生日だったかしら。


「しぇ、しぇんしぇええ」
「みっともない顔だな…」


呆れた。と額に手をつく二人を見て思わず涙がこぼれた。さすがの木佐木もこの二人は誘惑できなかったようだ。
布団から勢いよく飛び出し二人に抱きつく。二人とも驚いた顔をしたが、すぐに笑ってくれた。


「ケガもだいぶよくなったみたいだな」
「土井先生が助けてくれたんですよね」
「全く、一人で突っ走りおって」


ごめんなさい。ありがとう。締まりのない顔で笑えば山田先生がぽす、と私の頭に手を置いた。ああ、そういえばたまに撫でてくれてたよな。つい最近なのに遠いことのように思えて、手を離すなと催促する。だけれど「甘えるな」とそれ以上はしてくれなかった。残念。


「富松と食満のことはきいたぞ」
「え!他言無用と言ったのに…」


あいつら。と舌打ち。「私たちの耳に届かんわけないだろう」と笑う山田先生。土井先生はなんだか困ったような顔をしていた。


「佐倉が止めてくれたんだってな。ありがとう」
「……いえ。私はなにも。そ、それより」


上級生のことなんですが。そう続けようとした言葉は止められた。言わなくても分かるとでも言いたげに。
情けないことに表情に出ていただろうか。お前が不安なのは分かるよ。と土井先生は私を布団の上に座らせる。
分かるなら先生、この状況を何とかして。先生たちならできるでしょ。
そう縋るように言うと、二人は顔を下へ向けた。


「このままじゃ、学園が壊れる…」


ついでに私も。
なんて野暮なことは言わない。
ただその願いに二人が返事をしてくれることはなく、しばらく、少しの間ただ沈黙が続いた。
結局、木佐木について二人がなにかを言ってくれることはなく、ついには話をそらされてしまった。


「私らしくない」


二人が部屋を後にし、私は医務室で一人きり。
うじうじくよくよ。こんな私、初めてだ。
みっともない姿を色んな人に見せてる。そんなのも初めてだ。
これ以上、私は私じゃなくなるのが耐えられない。
うじうじするのは嫌。くよくよするのも嫌い。
けどどうしていいか分からない。
かっこ悪くて、自分が頼りなくて、唇をグッと噛んだ。


「忍びとして、落ちこぼれだな」


自分を嘲笑う。にわかに痛みを感じるかと思えば、噛んだ唇からぽたりと血が落ちた。
木佐木がいる限り、昨日のようなことはまた起きるだろう。
木佐木がいる限り、後輩はみんな悲鳴をあげるだろう。
木佐木がいる限り、この学園は


「…やろう」


邪魔者は排除するしかない。
私は卵だろうがくの一だ。
私はやるときゃやる女よ。
その言葉をつむいだ瞬間、私は医務室を飛び出していた。途中小平太とすれ違い目が合ったが無視して私は走り続けた。


「富松!」
「え、え!?初子先輩!?」


私が向かった先は用具倉庫。いつものように用具委員が武器の手入れをしていた。


「拡声器かして!!」


突然のことに慌てながら平太が拡声器を渡してくれた。
ありがとう!と言うと同時に私はその場を離れる。もしかしたら聴こえていなかったかもしれない。
でももはやそんなことはどうでもよくなっていた。


『三年ろ組の木佐木綴さーーーん!!』


“悍馬の佐倉”の異名を持つ私をもう誰も止めることはできまい。


『私と勝負しましょーー!!!』


拡声器ごしに叫んだ私の声は学園中に響き渡った。




(大声で大胆に)
これであいつも逃げられない