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私はヒロインではない。
小さな頃から憧れていた忍術学園。その理由は、他の人が抱くことのない特別なものだった。
最初は、私もちやほやされたいと思ってたけど、過去の自分がとても恥ずかしい。以前は自分のことを特別な存在だと信じて疑わなかった。いや、特別な存在であるのは確かなはずなのだ。
今、『天女』という存在が学園を騒がせているけれどきっと彼女は私と同じ。
違う世界からやってきた異端者。彼女の格好には、とても見覚えがあった。
ただ私と彼女との違いはこちらに来た日のことだ。私は、新しく生まれ変わる時にこの世に来た。転生とでも言うべきだろうか。生前の記憶を引き継ぎ、生前とは全く違った世界に来てしまったのだ。しかもこの世界は、とても記憶にある世界だった。
私は不思議で特別な存在。もっと特別な存在になりたくて、忍者になるつもりもないのにこの学園に入った。
会ったことがないけれど知っている人、会いたかった人がたくさんいて、心が弾んだ。
私はここでヒロインになれるのだと、思い込んでいた。
彼女に出会うまでは。

「あんたの切りかえのはやさには毎度驚かされるわ」

お茶を飲みながら、嫌味ったらしく言ったつもりだけれど、言われた当の本人は照れた様子で笑っていた。

「うじうじしてんの苦手なんだよね〜」
「にしても随分と思い切ったことするのね」

先の任務では大怪我をしたというのにすっかりと元気に走り回り、壊れてゆく学園のために『天女様』に堂々宣戦布告。怪我を顧みない彼女の体にはたくさんの傷跡がある。
その何事にも全力でとりかかるその姿勢。人望も確かなものだった。
最初こそ気に食わなかったが彼女のその前向きな姿や人柄に、私は次第に心を惹かれていた。

「あなたらしくて、私は好きよ」

普段は言わないような言葉に、彼女はパチリと目を瞬かせる。まるで星屑のような大きな瞳には、私の顔がはっきりとうつされていた。

「な、なに、突然。照れる」

顔を紅く染める彼女はとても愛らしい。絶世の美女というわけではないけれど愛嬌がある。
努力を惜しまず、強く美しい彼女に後輩も先輩も同級生も憧れている。私もその中の一人だ。
彼女の周りにはたくさんの笑顔があった。

けれど今それが脅かされている。

『天女』のおかげでめちゃくちゃになっている学園を彼女は案じ、お得意である無茶をしていた。任務では役に立たない忍たまのせいで大怪我をしてしまったし、愚かな忍たまのせいでまた問題を抱えてしまった。
彼女を追っかけていた忍たまは彼女の前から消えていたし、彼女の周りからは笑顔が消えていた。
私はそれが嫌だった。
彼女は完璧だし、これからもそうであってほしい。彼女の周りは平和であってほしい。
『天女』は本当に邪魔だ。
どういう手でここに来たかは分からないけれど、ヒロインではない私が『この世界』に来た理由が、やっとわかった気がした。

「あぶねっ!」
「え?」

突然、彼女がぐんっと身をひねったと思えば、素早く何かが横切った。
それはズドンと音を立て、壁に突き刺さる。文のついた矢だ。

「これ潮江だなあ」

彼女はなれた様子で文をひらくと、口元をだらしなく緩ませる。

「“決戦の日”だって。あちらさんも仕事が早いねえ」

けたけたと楽しそうに、まるで子どものように笑う彼女。心のうちでは何を考えているのか何もわからない。ただ単に強いと噂の天女と戦えることが嬉しいだけなのかもしれないが、後輩たちからのプレッシャーもあるだろうに。

「無茶は、しすぎないようにね」
「私から無茶をとったら何も残らないよ」

彼女は自分がするべきことを分かっている。しかも彼女のすごいところは、必ず成し遂げるところ。

「私も」
「ん?」
「いや、なんでもないわ…」

きっと私のするべきことは、彼女を守ること。
彼女の正義を守ること。
私は、

「ツユコ、最近元気ない?」
「え?」
「あんまり無理したらダメだよ」

私は随分と怖い顔をしていたらしい。心配をかけてしまった。
そんなのあんたに言われたくないわよ。と彼女の額を小突く。彼女はまた、「違いない」と笑った。

私は、彼女のために、天女を殺めよう。