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食満とわかれ、先程までどんぱちやってた場所まで戻るともはやそこには誰もいなかった。
ふむ。どこにいったのだろうか。木佐木のところだろうか。
隠れているかと辺りを見渡してみるがそのような気配はない。学園に戻ったか。
殺気ぎんぎんで立花と潮江が待ち構えているかと思ったからなんだか戦意が削がれた。
蹴られたおかげでじんわりと痛む腹をなで、ふう、と息をついた。
医務室に返るとまた怒られるだろうな。

そうのんびり帰り、案の定医務室にいた川西にこっぴどく怒られ軽く手当をしてもらい、一通り委員会を見回った後に私は早々に眠ることにした。

だって明日は決戦の日。
万全の体調でなければ、相手に失礼だろう。


「おい」
「……。」
「おい」
「……。」
「おい起き…」
「うぜええええ!!けが人夜這いすんじゃねえ」


静かに眠りたかったのに。なんだっていうんだ。
バシーンと部屋に響き渡るくらいの平手打ちを繰り出したら確かに頬を叩く感触があった。
ぼんやりと蝋燭の灯りがそいつの顔を照らす。まさか、予想もしていない人物がそこにはいた。


「…潮江?」
「…っ、た、たまんねえ…」


私の右手をとり頬によせるそいつに、ぞわりと鳥肌が立った。
潮江がいた。殺意も感じられず、私のよく知っている潮江に見える。
逆に怪しいというものだが、どうしてここに、と問えば潮江は私の右手をとったまま、真っ直ぐに私の目を見た。


「俺は正気だ」
「え…」
「周りがおかしくなってしまったのには気付いていたが、目立たないように周りと同じように振る舞っていたんだ」


木佐木綴が来てからというもの、上級生は軒並み木佐木に蕩けていった。木佐木がおかしな術を使っているかどうかは分からなかったが、その秘密を暴くために一人内密に動いていたんだ。
淡々と喋る潮江は嘘をついていないように見える。突然のことに私の頭はついていけなかったが、もう一度バシンと平手打ちをすると、潮江は嬉しそうに悶えた。
なるほど、この気持ち悪さ、本当の潮江らしい。


「な、なんで潮江は無事なの?」
「実際、半分術にかかってるようなもんだがな。俺は木佐木に攻撃をすることができない」
「どういうこと?」
「わからないが、脳が拒否をする。攻撃をしようとすると吐き気を覚えるんだ」


それに俺はあんななよなよした奴よりも初子のような強い女が好みだ。
二度も平手打ちをした頬を愛おしそうに撫でる潮江にまたもや鳥肌が立つ。
な、なるほど、このドマゾ野郎は幸か不幸かそのおかげで木佐木に魅入られることはなかったと。しかし木佐木を手にかけることは出来ず、仲間から不審がられないように仲間と同じように振舞っていたということか。


「あの矢文は?」
「俺は初子なら奴に勝てると信じている。そしてなるべく早い方がいいと思った」
「その心は」
「やつの弱点」


そう言い、潮江は私の腹に手をそえた。


「俺達はもう、人も殺めている」
「うん」
「あいつは何故か六年とも互角に戦うが、攻撃を、躊躇うくせがある」
「……なるほどね」


所詮はお姫様だったというわけか。
ありがとう。と礼を言うと、今まで騙していて悪かったと謝られた。
さすがに学園一のギンギン忍者だ。
すっかり騙されていたことにも少し悔しさを覚えるけど、それ以上に感心するわ。
もう一度例を言い、では明日に備えて寝るよと布団に戻ったが、しばらく経っても潮江は帰らなかった。なんかモジモジとしている。


「まだ何かあるのか」
「あ、いや…あの……」
「ん?遠慮なく言えよ」
「あ、あの……も、もう一度ぶってくれ!」


間髪入れずに拳で殴った。
襖までふっとび大きな音を立てて倒れ込んだが気にせず私は眠りにつく。
布団を頭のてっぺんまでかぶって。にやけた口元を隠すように。