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「初子!私がまだ残っていただろう。綴と戦う前に、私がお前を倒す」

このタイミングで立花がきたか。
手裏剣の刺さった腕の傷を見るべく装束を素早く破く。毒を塗られていたかもしれない。急いで吸って血を吐き出す。口の届く場所でよかったよ。
ジクジクと痛みはするが、手裏剣は毒がないのなら深傷になることはない。
ギロリと立花を睨みつけると本人は愉快そうに笑っていた。大変不愉快だ。

「毒はない。安心しろ」
「そりゃよかったよ。でも邪魔しないでもらえるかな」
「強気でいられるのも今のうちだ!」

ホイホイと投げられる焙烙火矢。なんだか違和感を感じたし、同時に既視感もあった。
なんだろう。これ。
この場所で焙烙火矢は他人を巻き込む可能性がある。もちろん綴もその中に入っている。
たくさんの悲鳴が聞こえる。
これはまあ、打つしかないわな。
大変都合よくあった太さのある木の棒をすぐに手に取り、できる限りを打ち返す。その中の全ては遠くで爆発し、打ち損じた焙烙火矢は蹴り飛ばして空中で見事に爆発した。
全ての焙烙火矢が爆発したあと、私は感じていた違和感と既視感の正体に気がついた。

これ、立花がしんべえと喜三太に絡まれてるときの感じだ!

学年一冷静な男が、全然冷静ではない。
見境なく爆弾を投げ、怒りで震えている。
そうなれば、立花なんて簡単だ。

「もう全部投げちゃった?」
「うがっ!」

全ての焙烙火矢を投げ終え、ものの見事に全て不発に終わったことがショックだったのだろうか。少しの間ぼーっとしていたところをつき、アゴに蹴りを一発。
倒れる立花ではなかったが、その次の攻撃を仕掛けることは出来なかった。

「もうやめろ、仙蔵」

水の飛沫が私の体を少しだけ濡らす。立花の後ろにはいつの間にか、桶を持った潮江がいて、立花はいつの間にか、びしょびしょに濡れていた。

「女のケンカに手を出すのは野暮ってもんだ」
「な、なにをする!文次郎!」

し、潮江がなんだかかっこよく見えるぞ。私までおかしくなってしまったというのか。少し悪寒が走ったが、問題は無い。潮江はどうやら立花は止めてくれるらしい。その好意に甘えようではないか。
それでは、と放置していた木佐木の方をむく。ビクリと身を震わせる姿は、どうにもこうにも強そうには見えない。

「なあ、木佐木」
「な、なによ…」
「お前は忍者になりたいのか?」
「……当たり前じゃない。じゃなかったら忍たまになんて、なってない」
「そうか、だったら……」

私は再び装束を裂き、木佐木に腹を見せた。周囲はざわついたが、私は構わない。

「ハンデだ。一回ここを刺せ」
「え……」
「ここ、まだ治ってないから、刺せよ」

血の滲んだ腹に巻いてある包帯をさする。安静にしてればもう少しマシだったのだろうが、まだまだ抜糸もできていない、えぐい傷だ。

「わ、私……」
「ほら、苦無かしてあげるから」

半ば無理やり、苦無を持たせる。
木佐木は明らかに動揺していた。
ああ、やっぱり、
木佐木は血に慣れていない。傷に慣れていない。人を殺めることはおろか、傷をつけることすら躊躇ってしまう。
躊躇うどころか、できないのだ。
恐ろしくて、できないのだ。

「忍者は、英雄じゃないぞ」
「……、」
「人を傷つけるなんてできない?ふざけんな。忍はかっこいい仕事なんかじゃない。人を騙すし、人を裏切るし、人を殺める」
「わ、わかってる」
「なら」

やってみろ。木佐木にぐっと近づき、持たせた苦無が腹に触った。震える木佐木の手を握り、木佐木をじっと見つめる。

「で、できません……」

木佐木の目から、涙がこぼれる。
本当ならば、ここで離してあげるのが優しさかもしれない。けれど私は、優しい人間ではない。

「うっ!!?」

ボカッと拳がじんわりと痛んだ。私に殴り飛ばされた木佐木は状況を理解するのに少し時間がかかったようだ。切れた唇から出た血を見て一気に顔が青ざめた。

「ぬるいこと言ってんなよ。勝負はまだ始まってないよ?」

私は自然と笑っていた。
楽しいわけはない。きっと醜悪な顔で、笑っていた。