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鬼だ。
じわじわと口の中に血の味が広がって、頭が揺れるような感覚に襲われる。
この人は、鬼だ。
恐ろしさで腰が抜けて、私は立つことが出来ない。これほど自分が恐怖で震えていることを実感できたのは初めてだ。

「い、いや……」

じりじりと近づいてくるその人からなんとか逃れようとするけれど、私の体は言うことをきかない。
蛇に睨まれた蛙だ。
絶対助けにしてくれるだろうと思った忍たまたちも、なぜかそこから動かない。
なんなの、この人は。本当に私を殺す気でいる。
私は思い出す。私をここに送ってくれたやつが言っていた言葉を。
どんなに美しくなっても
どんなに周りから愛されても
どんなに守られても
無駄だと。
そんなことはないと鼻で笑ったけれど、これはそういうことなのだろうか。

「ねえ、大丈夫?」

私のことを心配するような口ぶりだけどそんなことはない。この人はきっととても、とても、とても、私を殺したがっている。
それを、楽しみたがっている。

「戦意喪失……?」

震える私を見て、彼女はため息をつく。どうしたものかと頭をかく。
酷く落胆した様子で、まるで、私のことを、道に捨てられたゴミを見るような、そんな目で、私を、私のことを、見ている。
こんな女に
こんな女に
こんな女に
私の覚悟を、無駄にされるのか。

「わ、私は悪くない!私は何も言ってない!私はみんなと仲良くしようと思っただけで、みんなが勝手に私に付き纏うのよ!なんで私が殴られなきゃいけないの!?なんで私が戦わなきゃいけないの!?おかしくない!?みんなが勝手に私の事好きになったのに、なんで私が復讐されなきゃいけないの!!」

溢れ出したのは怒りと恐怖の塊で、私の声はやけに響いた。これほどの大きな声はいつぶりに出しただろう。息が切れて、むせ込んで、泣いているせいで鼻が詰まって、苦しい。
でもそれは本当のことだ。
たとえ私に不思議な力があってみんなのことを魅了してしまっていようが、私が直接幻術を使ったわけじゃない。
私は自分から遊ぼうとか誘ったことはないし、みんなが勝手に私のところに群がってるだけじゃないか。
なんで私が
なんで私がこんな目にあわなければいけないのか

「なんか勘違いしてない?」
「……へ?」
「私はただお前と勝負がしたいだけだよ?」

裏も表もなさそうな笑顔を見て、血の気がさっと引いた。
ああ、やっぱり無駄かもしれない。
私はもう、蛇に食われてしまっているんだ。

この人が、本物だ。