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「ツユコ…どうして……」

美しく笑う彼女に、周りは今までにないほどの静寂に包まれていた。

「…あなたは、いつも任務から帰ったあと泣いていたわ。人を殺すことに喜びを覚えている自分を恐れて」

血塗られた笑顔に少しだけ恐怖を覚えた。ツユコはまるで私の知っているツユコではなくて、別人のように思える。
なんとなく、なんとなく、そう、まるで、なんとなくだけど、天女に似ているような。

「あなたは天女を殺す気はなかったと思うけど、責任感が強いから殺そうとしたでしょう。でもあなたがもう泣く姿は見たくないし、だから私が殺した。あなたを守るために」

ツユコの手が震えている。初めて人を殺めたことに対する恐怖なのか、はたまた別の理由なのか、私には分からない。

「山本シナ先生。ツユコを捕らえなさい」

声が聞こえた。学園長先生の声だ。その瞬間ツユコはシナ先生に捕えられていた。舌を噛まぬようにとあて布をされ、手首は縄で縛られ、ツユコは抵抗ができたはずなのに、自分がしっかりと捕まるまで微動だにしない。
どろん、と煙幕と共に現れたのは学園長先生で、そのわきには山田先生がいた。
なんなのだ。
一体なんなのだ。
私は壊れゆく学園を救うため、天女と勝負がしたくて、ただ天女と勝負がしたくて、なのにこんな。
天女は息絶え、親友のツユコはその天女を殺し捕まっている。

「さて、生徒諸君。目は覚めたかの」

下級生にはちと厳しい光景じゃの。と呑気に喋る学園長先生。私は当事者のはずだったのに、置いてけぼりで何も言葉が見つからない。

「いい実践になるかと思い、木佐木綴は捨て置いたが…、よもやこのようなことになるとは、不徳の致すところじゃ」
「いい、実践……?」

不徳の致すところと言われても、納得がいくだろうか。
委員会は崩壊し、
絆はボロボロになり、
暴力に走り、
落胆して、
後悔して、

「ふ、ふざけんな…」

頭がじんじんする。視界が滲むと思えば涙が出ていた。
いい実践で、こんなに傷つく人がいてよかったのだろうか。

「なんでもっと早くに助けてくれなかったんだ!」

ピクリとも顔色を変えない学園長先生に怒りがこみ上げてくる。
土井先生や山田先生があの時私に何も言ってくれなかったのはそのせいなのだろうか。干渉をするなとでも言われていたのだろうか。
上級生が軒並み天女に依存してしまったのは防げたことなのではないだろうか。
天女をボコボコにすれば解決できたことではないのかもしれないけど、
殺さなければみんなの目は覚めなかったのかもしれないけど、
それでもツユコの人を傷つけたことのない手を、心を、汚す必要はあったのか。
捕まっているツユコに目を向ければ、すぐに目が合った。彼女の目は、ずっと私をとらえている。

「上級生は今から健康診断および体力テスト。下級生は、今日はもうゆっくり休みなさい」

私の問いには答えることもせず、指示が出た。

「初子は今すぐ、医務室じゃ」

そう言われた瞬間、私は土井先生に腕を掴まれ、強制的に医務室へと運ばれた。
ツユコはシナ先生に連れられ学園長先生のお部屋の方へ向かっている。
ついさっきまではお祭り騒ぎだったこの場所は、たった一瞬の出来事で重たく、通夜のような雰囲気になっていた。
わからない。
何もわからなくて、私はずっと土井先生に「なんで?」と問いただしていた。