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天女が消えて、一週間が経った。
あれから忍たまは目が覚めたように正気に戻って、……いや、正気に戻ったことによって錯乱してるやつがほとんどだった。

「先輩、お体はいかがですか?」
「あーん、ヤナエ、まんじゅう食べたいー」
「もう、私が新野先生に怒られます」

私の腹の手当をしているのはヤナエ。男に乙女の柔肌を見せるなんて絶対に駄目!なんて、自ら私の面倒をかってでてくれた。
あれから一週間、騒動は、なかったことにされているように、みんなそのことには触れないように、静かに、静かに、学園は無理やり落ち着きを取り戻していた。
騒動が終わりすぐにかけつけてきた六年のやつらに、頭を下げられ、私はかまわず一人一人ボコボコにした。
あと委員会の件とか、任務の件とか、とにかく色んなやつに頭を下げられた。
なにも奴らも私だけに頭を下げている訳ではなく、下級生はもちろん、本来あまり仲のよくないくのたまにも、謝罪している。
あとは許すか許さぬか、個人の問題だろう。

ツユコは、学園をやめた。家業を継ぐと、言っていた。私はまだ、ツユコが天女と同じところから来たとか、どうして天女を殺したのか、とか、色々、わかっていない。

学園長先生は、本当にいつも通り。
何を考えているのかは皆目検討もつかない。土井先生も山田先生もだんまりで、このやるせなさたるや。苛立ちで腹の傷口を抉ったほどだ。もちろん、怒られたが。

とにかく、学園は今、あの騒動をなかったことにしようとしている。
それが悪いことなのか、どうなのかは、私にはわからない。誰が悪くて、誰を責めなくてはいけないのかも、わたしにも分からなくなってきている。

だけど、一番気にかかることがある。
天女が言っていた、「本物」のことだ。
この世界にはすでに本物がいて、そいつには天女の力はまるで効かない。
その本物とは。一体、誰なのか。
きっとその正体は、みんな薄々感づいているのだ。

「初子!まんじゅう持ってきたぞ!」
「酒もだ!」
「酒とまんじゅうは合わないと言ったんだがな」
「今日は酒盛りだー!」

突然スパンと襖があいて、そこには見飽きた面が並んでいた。
立花に、潮江。七松に中在家。食満に、善法寺。
仲良し6年6人組。いつもお祭り騒ぎのような面子に、ヤナエが面白そうにけたけたと笑っている。平和な光景だ。
あと騒動から、私の周りに人がいなくなることはない。いつも誰かしらが、そばにいる。
別に正義を実行したわけではない。私はいつも正しいことをしているわけではない。
でも、私の周りは、私のことを大好きな人で、いっぱいなのだ。

遠い、昔のことを思い出した。
どれほど前の記憶なのかも、定かではない。ただ覚えているのは地べたを這いずり、泥水をすすって生きていた。それだけ。
その頃、見た夢の、話だったろうか。

『すべての愛と、強さがほしい』

そんなことを言ったような気もするが。残念。私は全く、覚えていない。
まあ、そんなことはどうでもいい。また平穏が戻ってくるというのなら、それでいい。みんなとくだらない話をして、濁酒を飲みながら、私は、私は、笑っている。
みんなの愛に、追われながら。